「英語が話せるってすごいですね」

 僕の隣に座った20代後半の女性社員が話しかけてきた。もちろん僕に興味をもってのことではない。会社の忘年会の会場であるこの居酒屋に到着するのが遅くなったため、座る場所が僕の隣か部長の正面かの二択になっただけだ。おそらく酔いが回ってくるとかなりの頻度で飛び出す部長の下ネタと、無口で何の面白みもないが人畜無害な僕とを天秤にかけた結果だろう。時間が経って自由に動き回れる雰囲気になれば、かなりの高確率で僕の前から姿を消すはずだ。

 「英会話学校に通ったりされたんですか?」

彼女の質問は続く。彼女の正面には定年退職した後、再雇用で週に3日ほど勤務している僕に劣らず無口な社員、僕の正面、つまり彼女の左前には彼女と同年代ではあるが、どう考えても彼女と話の合いそうにはない「地味子」と陰口を叩かれている女の子が座っている。彼女にしてみたら、誰と話をするのも大差ないのだろう。

 僕は自慢に聞こえないように注意しながら、大学には行っておらず会計系の専門学校を卒業したこと、留学などはしたことがなく、ラジオを聴いたり本を読んだりして独学で勉強したことを伝えた。

 「どのくらい勉強したら話せるようになるんですか?」

 僕は2年くらいかな、と答えながら正確な期間を頭に浮かべる。1996年12月22日から1999年2月8日まで、2年1か月と17日だ。彼女は、独学で話せるようになるなんてすごいですね、ともう一度言って僕との会話を締めくくり、スマートフォンをいじり始めた。

 僕は無事に会話を終えたことにほっとして、ひとつ息を吐いた。一生懸命考えながら話したせいだろう、暖房がさほど聞いているとはいえない居酒屋の座敷で僕は少し汗をかいていた。僕は英語が話せるようになった一番の要因についてはもちろん彼女に言わなかった。