各教室では冬期講習が終わり、大学入試のセンター試験、難関中学校入試などが始まっていた。私が勤めている本社では合格速報を入れた新年度募集の準備で慌ただしい日々が続いていた。それと同時に年度末で退社をする講師たちの手続なども加わり、私は仕事を終えて家に帰ると夕食を食べてすぐベッドにもぐりこむという日が続いていた。

 そんなある日、私が学習塾業界の離職率の高さを恨めしく思いながら風呂から上がると、ロースクール時代の友人からメッセージが届いていた。

 無視をしたままにしておこうかと一瞬思ったけれど、「元カレの新作、予想以上のダメージを与えてるね(笑)」という文字が目に入り、続きを読んでしまった。

 

 私がモデルになっているとされるタクの新作はロースクール時代の友人たちの間でも話題になっているようだった。友人たちといっても、ロースクールを退学してからはこちらから連絡したことはないし、ごくたまに来るメッセージに当たり障りのない返事を返すくらいの関係になってしまっていた。

 タクの小説家デビューの話は私からは誰にもしていないので、誰からタクのデビューの話が広まったか、そして新作で私がモデルとされているという小説の噂が伝えられているのかは明らかだった。私がいかに大きな魚を逃したのかがどれくらい話のタネになっているのかを想像して私は思わず舌打ちをした。

 しかし、メッセージを読み進むにつれ、私が想像していた内容とは少し違っていることがわかってきた。まず話題の中心は私ではなく彼で、また小説の内容で盛り上がっているのではなく、彼の荒れっぷりを知らぬ者はいないという状況が綴られていた。

 私は興味を持っていることを悟られないよう、慎重にさらに詳しい話を引き出せるような内容を時間をかけて考え、簡潔に返信をした。すると他人の不幸を語るのは楽しいらしく、その日のうちに私が思っていた以上に詳しい説明が返ってきた。

 彼は私が彼の元から去ったことに加え、タクがベストセラーを連発していることにより、弁護士として成功したとしても敵わない収入を得ていること、そして小説の内容から自分が愚弄されていると感じて自暴自棄に近い状態になっているということだった。

周囲は最初はそんな彼を同情の目で見つめていたけれど、次第に嘲笑の対象へと変わり、現在は「落ち込んでいるときに自分よりも下の人間がいる」と思って安心できる存在になっているらしかった。

「テストで30点を取ってしまったら落ち込むけれど、友達が20点だったってわかったら、『20点も30点も似たようなものよ』って言いながらも自分よりも下がいる安心するでしょ?そんな感じ」と彼女は書いていた。

私は久しぶりに溜まっていた鬱憤が少し晴れたような気持ちになり、彼がもう少しばかり不幸になればいいのにと思った。

彼女はメッセージの最後をこんな風に締めくくっていた。「弁護士になれて、そこそこ成功を収めたとして、生涯に稼ぐだけの額をこの2、3年で稼いでるのはすごいことよね。何よりもいろいろ噂になってる話を聞く限り、男としての格が違うって感じよね」

私は彼女の意見の片方にだけ同意した。