「桜を見に行く?」

 タクに突然誘われたとき、すごく驚いたことをよく覚えている。タクは人混みが嫌いで花火大会や大きなお祭りといったイベントに誘ってもなかなかいい返事をしてくれなかった。

 「実家のあたりに行ってみたいって言ってたから」とタクは言い、タクの地元にひそかな人気お花見スポットがあることを教えてくれた。

 ネットで検索してみると「県内のお花見スポットランキング」のベストテンにランクインしており、花見シーズンの週末はライトアップされて夜桜が楽しめるということだった。

 私は「友達の家でレポートを書く」という定番の嘘をついて外泊をすることを家族に告げてタクの部屋で早めの夕食を取り、タクの地元へと向かった。

 「お花見スポットのベストテンに入ってたよ」と私が言うと、「観光客を呼び込もうという涙ぐましい努力の一環だよ」とタクが答えた。

 「車停める場所とかは大丈夫?」と私が聞くと、「田舎を舐めるなよ」とタクは笑った。「土地は有り余ってるからね。途中のコンビニとかも見てみなよ。やたら駐車場広いから」

 郊外のベッドタウンを過ぎると人家が少なくなり、大きなトンネルを抜けると道路の両側には山や川しかなくなった。

 「夜一人で通るのは寂しい場所だね」と私が言うと、「これでもましになった方らしいよ」とタクが答えた。「道路は舗装されて綺麗だし、街灯もちゃんとついてるし。少し前までは真っ暗な区間のほうが長かったらしいよ」

 そんな話をしているうちにタクの地元に近づき、徐々に家の灯が増え始めた。確かにコンビニやファストファッションのチェーン店の駐車場は大型トラックが何台も停められるほどの広さを誇っていた。

 タクは車1台がやっと通れるような路地なども慣れた様子で通り抜け、ライトアップされた公園の駐車場へと車を滑り込ませた。

 「週末になるとマナーの悪い客がやってきて、ビールの空き缶なんかを散らかすんだ。ゴミ箱にも入りきらずにあふれた状態になってるから、ボランティアを募って掃除してるってことなんかも載せておいてほしいな」

 そう言いながらタクは私の手を取り、桜並木のほうへと歩いた。週末だったせいもあり、ビニールシートを敷いて酒盛りをしているグループなどで公園は割に賑わっていた。

 私たちがライトアップされた桜を見ながら公園を一周して駐車場の手前まで戻ってきたとき、「タクヤくん?」と後ろから声を掛けられた。

 私たちが振り向くと、私たちと同じくらいの年齢の女の人が3人立っていた。

 「久しぶり」とタクが答えると左側の女の子が「彼女さんとデート?」と尋ねた。

 「うん」とタクが言い、簡単に私のことを紹介してくれた。私が「初めまして」と適当に挨拶を返している間、右側の女の子が私のことをちらちらと見ていた。

 タクが残りの2人と世間話をしている間、私と右側の女の子は笑顔を絶やさずにお互いを頭のてっぺんからつま先までチェックしあっていた。

 車に戻ると私が「右側の女の子は昔の彼女?」と聞くのと、「ハルカがあんなに気が強いとは思わなかった」とタクが言うのが同時だった。

 「すぐにわかったの?」

 「だって私のことを値踏みしてるみたいに見てたんだもん」

 「ごめんね、会うとは思わなかったから」

 「ううん、タクのせいじゃないよ。でもきれいな人だったね」

 私が半ば本気でそう言うと、タクは「ハルカのほうが好きだと思ったから、彼女と別れて付き合い始めたんだよ」と答えてくれた。「ハルカの方が可愛い」といったテンプレート通りの返事を予想していたので私はすごく嬉しかった。

 「あなたには絶対負けないって思いながら最後挨拶したよ」と私が言うと、「強いね」とタクは笑った。

 「女は怖いのよ」と私は答えた。

 次の日、朝起きるとタクが昨夜会った友達のひとりから届いていた「昨日はびっくりしたね!ミサと彼女さん、殴り合いが始まるかと思った笑」というメッセージを見せてくれた。

 「いつでも相手になると伝えておいて」と私が言うと、タクはびっくりしたような顔をして私を見た。

 「あいつ、テニス部だったから殴られたら結構痛いと思うよ」とタクが笑いながら言ったので、「バドミントン部を舐めないでよ」と私は答えた。

「冗談よ」と私は笑って付け加えたけれど、もしそんな状況になったら一歩も引くつもりはないと心の中で思っていた。