タクの趣味は旅行だった。タクはいわゆる乗り鉄で、私と知り合う前から青春18きっぷのシーズンになると、時刻表を眺めながら計画を立て、いろんな場所に出かけていた。私も何度かタクの旅行についていったけれど、旅慣れているだけあって行く先々で美味しいお店を知っており、その土地土地の名物を食べさせてくれた。長い電車での移動の途中も、いろんな場所で途中下車をして、有名な唐揚げをテイクアウトしたり、関門海峡を歩いて渡ったりしたので退屈しなかった。「山口県」、「福岡県」と線の引かれた県境をまたいで撮った写真は今もスマホに保存してある。

 どうやらタクが乗り鉄になったのは、私の前に付き合っていた恋人の影響らしいということは感じていたけれど、タクも話さなかったし、私も敢えて確かめなかった。タクは始発の電車で出発するのが好きで、いつもまだ薄暗い列車の窓の外の風景を眺めていた。私にはとりたてて特徴のない、ありふれた景色にしか見えなかったけれど、タクはどこか懐かしそうな顔をしながら「土手沿いをジョギングしている人がいたり、犬を散歩させてる人がいたり、そのうち中学生が朝練に出かけたりする光景を見ると落ち着くんだ」と説明してくれた。

タクは小倉から東京まで1日で移動したことがあるらしく、「その時はさすがに疲れた。ただ電車に乗るのが好きっていうんじゃなくて、ところどころで途中下車をして、美味しいもの食べたりいろんなものを観たりしながら電車に乗ってるのが好きだってことがわかったよ」と言った。

「さすがにその距離だったら新幹線で後から追いかける」と私が言うと、「絶対そのほうがいい」とタクは笑い、「新幹線でもスポーツ新聞の一面が変わるか教えてね」と言った。

「スポーツ新聞?」と私が聞き返すと、「サラリーマンなんかがスポーツ新聞を持って乗ってくるじゃない?その一面が福岡ではホークス、広島ではカープ、関西では阪神、名古屋では中日だった。それをよく覚えてるんだ」と答えた。

 タクと行った旅行はどれも楽しかったけれど、今でもあるホテルでのエピソードをよく思い出す。食事を済ませてホテルに戻る途中、私たちはコンビニで飲み物を買うことになった。

 「コンビニのプライベート・ブランドのお茶って、どこも同じようなもんだよね?」とタクが言った。

 「絶対違うと思うよ」は私が答えた。たまたまテレビでコンビニの商品開発担当者の特集番組を見た後だったので、お弁当やお惣菜だけではなく、お茶にもきっと熱いこだわりがあるに違いないと思っていたのだと思う。

 「飲み分けできる?」とタクが聞き、私は「普通の人だったらわかるはずよ」と自信満々で答えた。

私たちは2つの違う系列のコンビニでプライベート・ブランドの麦茶を買い、ホテルの部屋へと戻った。

 ホテルの部屋でタクはまずコンビニAの麦茶の紙パックを開け、グラスに注いで私に渡した。私は少し口に含み、ワインをテイスティングするように舌の上でお茶を転がした。

「味は分かった?」とタクに尋ねた。私が頷くと、タクは「じゃあ、それぞれをグラスに入れる間、見えないようにバスルームに行っておいて」と行った。

「いいよ」というタクの声が聞こえたのでバスルームから出ると、テーブルの上にお茶の入ったグラスが2つ並んでいた。

「色が明らかに違ったら目隠ししようかと思ったんだけど、ほとんど同じだから見かけじゃ区別はつかないね」

私は順番にグラスに入ったお茶を口に含み、ゆっくりと味わった。私は左側のグラスを指さし、「これがさっき飲んだコンビニAのお茶」と言った。

「やっぱり味が違った?」とタクが尋ねた。

「こっちのほうがあっさりしてて一般的な味だと思う。万人向けって感じかな。もう1つのほうは少し癖があった。私は嫌いじゃないけど」

私が答え終わるか終わらないかのうちにタクが爆笑した。私がきょとんとしていると、タクは笑いながら冷蔵庫を指さし、「中を見てみて」と言った。

冷蔵庫を開けてみると、さっき開封したコンビニAのお茶と、未開封のコンビニBのお茶が入っていた。

「どっちのグラスもコンビニAのお茶だよ」とタクは笑いながら言った。「同じお茶を飲んで、『こっちはあっさりしてる』とか、『こっちは少し癖がある』とか言ってて面白かった」

「もう!」と私は少し腹を立てつつ、恥ずかしさを隠しながらタクに抱き着いた。タクは笑いながら頭を撫でてくれた。