私が実家に帰ってきてから勤めているのは私が小学校から高校まで通っていた、地元で3番手くらいの勢力を持つ学習塾グループである。かわいがってもらっていた先生が口を利いてくれて、私は講師ではなく総務・事務として採用してもらった。

 少子化で生徒数が減少し続けていることもあり、採用してもらえるように尽力をしてくれた先生からも「何か資格を取るなりして、次の仕事をうまく見つけなさい」と言われている状態で給料もお世辞にも良いとはいえなかったが、就職活動をほとんどせずに仕事を見つけられたことに私はほっとしていた。

 私が仕事に少し慣れ、休みの日はお昼過ぎまで寝ていなくても大丈夫になってきた頃、母が若かった頃にアイドル歌手とデビューしたタレントが亡くなった。テレビではどのチャンネルでも彼の全盛期の映像が流され、追悼需要でCDショップでは彼の作品が品薄になっていることが報じられていた。そんなニュースを見ながら、私はバッドフィンガーの話を思い出した。

 タクと二人でしゃぶしゃぶをしようと準備をしていたとき、マライア・キャリーの歌う「ウィズアウト・ユー」がラジオから流れてきた。若い女性のパーソナリティが「ハリー・ニルソンのカバー曲」と紹介したとき、タクがぼそりと「バッドフィンガーだよ」と言った。

 「バッドフィンガー?」と私が聞き返すと、「ニルソンがバッドフィンガーの『ウィズアウト・ユー』をカバーして、そのバージョンをマライア・キャリーがカバーした」とタクは言った。

 「ビートルズの作った『アップル』っていうレーベルからレコードを出してた悲劇のバンドだよ。才能あるバンドだったのにマネージメントに騙されて主要なメンバーは自殺していった。せめて死んだ後くらいきちんと紹介してあげてほしい」

 「そうね。曲が歌い継がれてるのがせめてもの救いなのかな」と私が言うと、「生きてるうちにもっと売れたかったと思うよ。死んだ後にレコードを買うんじゃなくて、生きてるうちに買っておいてくれよって俺なら思う」とタクは答えた。

 「タクのバンドがデビューしたら、オエイシスが死ぬ前にきちんとCD買っておくね」と私が言うと、「あいつの場合は死後の名声でも十分すぎるくらいだと思うけど、思いついたらすぐに行動する習慣をつけよう」と言って笑った。

 私は家に帰って早速「バッドフィンガー」と検索し、代表曲と思われるものを何曲か聴いてみた。メロディアスな楽曲が多く、「嵐の恋」と「デイ・アフター・デイ」いう曲が特に耳に残った。バッドフィンガーの歌う「ウィズアウト・ユー」はタクから話を聞いていたせいか、何か物悲しく聞こえた。