「あんまり男の人って恋人の趣味の影響を受けないよね」

 一人が何気なく口にしたひとことから話題が変わった。みんな一斉に頷き、自分の経験を口にした。「洋楽なんかを彼氏の影響で聴くようになったって子も多くない?」と別の子が言い、「確かに」と別の一人が賛成し、「気に入られたいって気持ちが女の子の方が強いんじゃない?」と付け加えた。

 別れてしまった後にその趣味が残るかどうかなどをみんなが話しているのを聞きながら、自分がタクから影響を受けたこと、そして自分がタクに影響を与えたことを考えていた。その友達の言う通り、私の音楽や映画の趣味はタクの影響を強く受けているけれど、私がタクに影響を与えたと確実にいえることを1つ思い出した。

 私は小学校の頃からクーポンを使ったり、ポイントカードの点数を貯めるのが好きだった。文房具などはポイントが倍になるサービスデーにまとめて買うようにしていたし、クーポンが使えるお店にお使いに行ったときは、得をした差額を貯金箱に入れていた。

 タクとドライブに行った帰り、休憩を兼ねてファミリー・レストランに入った。食事はドライブ先にあったお洒落なカフェで済ませていたけれど、小腹が空いていたのでフライドポテトと鶏のから揚げ、それからドリンクバーを注文することにした。タクがテーブルの端にある注文のボタンを押して店員さんを呼ぼうとしたとき、メニューの下にあった「お得な会員募集中。ドリンクバー無料クーポン配信中」という文字が目に入った。私はいつもの癖で「ちょっと待って」と無意識のうちに声を掛けていた。

 怪訝な顔をしてこちらを見たタクに、クーポンのコーナーを指さし、「これを使ったらお得になるよ」と言った。

 タクは少し笑って、「いろいろ操作するの面倒だから、やってくれる?」と言い、スマホを差し出した。私はそれぞれのスマホの画面に無料クーポンを提示し、注文ボタンを押した。

 ポテトをつまみながら私は自分がクーポンを使っておこづかいを貯めていた話などをすると、タクは「いい奥さんになれそうだね」と言った。

 「貧乏くさいって言われるかと思った」と私が半ば本気で心配していたことを言うと、タクは「そんなことないよ」と言い、「俺もいろいろ使ってみようかな」と言ってくれた。そして食事を終え、会計を済ませたあと、「お得になったドリンクバー分は箱に入れて貯めておくね」と言って笑った。

 私に気を遣ってそう言ってくれたのかと思っていたけれど、タクはそれまでバラバラだった買い物をする店を絞り、ポイントが貯まりやすいサービスデーなどにまとめて買い物をするようになった。ドラッグストアでポイントが貯まってサービス券が出ると、「化粧品を買ったりするときに使って」と私にくれた。

 一度何かをやり始めると、きちんと管理をしなければ気が済まない性格のタクは、健斗くんが勤めていた複合書店からときどき配信される、その日限定で使えるサービスポイントをパソコンで管理し始めた。配信された日、付与されたポイント数、そのポイントを何に使ったかを記録しているのを見たときはさすがに少し驚いた。

 「ここまでするとは思わなかった」と私が言うと、「仕事に役に立つかもしれないと思って」という思いがけない答えが返ってきた。「たぶん使われたポイント分は売上割引で処理をするんじゃないかと思うんだけど、売上高とどんな関係があるのかと思ってね。本や雑誌の売上ってすごく減ってるって耳にすることが多いし、DVDやCDのレンタルとかもダウンロードの影響を受けてるって聞くから、データを取っておこうと思って」

 私が感心していると、「今年に入ってサービスポイントの付与数が目に見えて減ってるんだ。ひと月の平均が一昨年は1,400ポイント、去年は1,600ポイントくらいだったのが、今年に入って900ポイントくらいになってる。1回に50ポイントくらいずつ送ってくるんだけど、ある程度お店に来てもらうという目的が果たせたから付与数を減らしているのか、それともあまり効果がなかったから減らしているのか、どっちなんだろうね」

 その話を聞いたときは特に何も思わなかったけれど、こういう何気ない日常の積み重ねがタクの成功を支えているのかもしれないなと働き始めて思うようになった。