私も何度か試食をさせてもらったけれど、タクの会議に対する消極的な姿勢と反比例するかのように、ハンバーガーは少しずつ美味しくなっていった。プロジェクト発足から約1年後、道の駅にある産直市にブースを設けて販売が開始になったと聞いたときは、自分が参加をしたわけでもないのに達成感のようなものを感じて誇らしい気持ちになった。地元のニュースやコミュニティ紙でも話題になり、産直市のブースでの販売が始まってしばらくして、私たちが住んでいる街にあるJRの中心駅にも小さな店を出すという計画も進んでいるという話をタクが教えてくれた。

 「すごいね」と私が言うと、「駅への出店は反対したんだ」とタクは答えた。「うちの地元に来たときとか、通りかかったときに道の駅で食べてもらうから美味しいって思ってもらえる気がするんだよね。美味しくなったとはいっても駅の他のテナントに勝てるほどの味ではないし、チェーン店のハンバーガーの2倍くらいの値段がするから高校生なんかが繰り返し食べてくれると思えないしね。お金をかけて街中に進出してもそんなにもたないと思いますって言ったら、プロジェクトから外された」と言ってタクは笑った。

 「ほんとは駅に出店したら、こき使われるのが目に見えてるから難癖をつけただけなんだけどね」

 ロースクールに進学するために出発する日、私は両親と駅で昼食にこのハンバーガーを買って食べた。タクと離れる寂しさをずっと我慢していたけれど、一口頬張った瞬間に涙がこぼれた。母は初めて地元を離れる不安と勘違いしたのか、「新幹線で1時間なんだから、すぐに帰ってこれるわよ」と慰めてくれた。

 ロースクール1年目の夏、試験を終えて帰省したとき、すでに鹿肉のハンバーガーのお店はなく、テイクアウト専用のコーヒーショップに変わっていた。

 あとで知ったことだが、タクは鹿肉のハンバーガーの製品化にはかなり大きな貢献をしており、市長から感謝状までもらっていた。私が「すごいじゃない」と言うと、「できるだけ早く終わらせたいから頑張った」とタクは答えた。「ネガティヴな気持ちも時には大きな推進力となる」

 「誰の言葉なの?」

 「アメリカの政治家、ハワード・ミゼットだよ。たまたま読んでた本に書いてあったから覚えてた」

 この名言がタクがその場で思いついてでっち上げた言葉であり、ハワード・ミゼットも架空の人物であることはタクの小説で知ることになった。