付き合っているときはタクが小説を書くような人間だと思いもしなかったけれど、言葉の選び方や会話での切り返し方は独特なものがあったように思う。私がタクのことを好きになっていったのは旅行の話し合いをしているときだった。旅行の話以外で個別にメッセージをやり取りすることが増えていき、いつしかタクとのやり取りが毎日の楽しみになっていたのだけれど、今思えばメッセージを交換しているときのタクの言い回しも私がタクに惹かれていった要因の1つだった気もする。

 旅行に行こうとしていたメンバーの男の子の一人が私に気が合ったようで、旅行の話し合い以外でもいろいろと誘いを受けていた。メッセージを送られるたびに当たり障りのない返信をして、のらりくらりと誘いを断っていたのだけれど、徐々に相手にするのが面倒になり、タクに相談した。

 「オエイシスだろ?あいつがハルカちゃんを狙ってることはみんな知ってるよ」

 私がその男の子の名前をタクに言うと、タクはそう答えた。

 「何それ?あだ名?」と私が尋ねると、タクは笑いながら頷いた。

 「オアシスってバンド知ってる?イギリスのバンドなんだけど、みんなでドライブに行ってたときに車の中で流れてたんだ。1人が『オアシスいいよね』って言ったら、あいつが『うん、オエイシスはアメリカでももっとセールスを伸ばしてもいいと思うよ』とか言い出したのね。みんなは日本人なんだし別にオアシスでいいじゃんって感じでさ、それ以来あいつのいないところではオエイシスと呼んでる」

 「なんかわかる」と私は答え、オエイシスの顔を頭に浮かべて笑った。

 「ハンバーガー食べに行っても『トメイトを抜いてください』とか『ポテイトのM』とか言わないくせに、変なところで格好つけるんだよ」

 私が「次に顔を見たら笑っちゃいそう」というと、タクは真顔になって「勘違いするからやめとけよ」と言った。

 タクによると、彼は大学のサークルに新しく1年生が入部してくるたびにそのうちの1人に恋をし、夏くらいにフラれることが恒例になっているらしかった。

 「同じサークルの奴が冗談でサークルの年間行事予定に入れようかって言ってたよ。4月オエイシス1年生に惚れる、7月オエイシス失恋するってね。先輩として頼りにされるとすぐに勘違いするらしい」

 「言われてみれば私に来るメッセージも自信ある感じだけど、何かずれてる気がする」と私が言うと、それに気がつかないから彼女ができないんだよとタクは言った。

 「確か去年は掃除機が壊れたっていう女の子に、壊れた掃除機をちょっと見てみるのが趣味みたいな感じで言い寄ってたよ」というタクの言葉を聞いて私は吹き出した。

「でも、あいつも全くみんなの役に立っていないというわけじゃないんだよ」とタクは言った。

「どんなふうに?」と私は尋ねた。

「試験前になると、みんなあいつに電話するんだ。『勉強してる?』って。そしてあいつが『やってないよ』って答えたら、みんな安心する」

「勉強してないのは自分だけじゃないって安心するの?」

「いや、自分も勉強してないけど、自分よりも頭の悪いオエイシスも勉強してないから、自分が単位を落とすなら、あいつも落とすってことだよ。みんなの精神安定剤的存在」

「ひどい」と私は言いながら笑ってしまった。

「みんなは自分もやってないけど、単位を落とすのは自分だけじゃないって安心できるし、あいつはみんなに頼られてると勘違いできるから、win-winの関係だよ」とタクは笑った。

 私にその気がないことがわかると、彼からの連絡は途絶え、彼は旅行への参加もやめてしまった。

 「代わりに1ヶ月の短期留学に行ったらしいよ」とタクが苫小牧に向かうフェリーの中でみんなに教えてくれた。「たった1ヶ月かそこらオーストラリアにいただけで、帰ってきたら『マクダーナルド』とかって言い出すと思うんだけど、どうかな?」

 メンバーみんなが笑いながら大きく頷いた。

タクのデビュー作の中には、オエイシス君がモデルとなったと思われるキャラクターがコメディ・リリーフのような役割で登場していた。ミュージシャン志望の彼は酔っぱらうと「俺はジョン・レノンより長く生きるつもりはない」と周囲に宣言し、「あいつ、絶対120歳くらいまでは生きるよな」と陰で皆に笑われていた。また彼は一目惚れしたアルバイトの子がいるお弁当屋さんに毎日通っていた。

映画化されたスクリーンの中では後に人気者になる若手のイケメン俳優によって演じられていたけれど、私の頭の中ではずっとオエイシス君の姿がぐるぐると回っていた。