彼の車でドライブをしているとき、ラジオから流れている曲に、彼が「この曲いいね」と言った。「ブライアン・アダムスのsummer of '69ね」と私が言うと、彼は何で知ってるの?と尋ねた。不自然に視線を前方に集中させたぎこちない顔つきから「元カレが好きだったの?」と聞きたいけれど、無理をして黙っている様子がありありと伝わってきた。

「お父さんが車でブライアン・アダムスのベスト盤をよくかけていたから」と私が嘘をついてあげると、彼は安心したように「そうか」と言った。助手席から彼の方を見なくても、彼の肩の力が抜けたことが分かった。

 本当は、ブライアン・アダムスはタクと一緒にコンサートに行った最後のアーティストだった。コンサートの観客はほとんど私たちの親の世代によって占められており、たまに見かける若者の大部分は父親か母親に連れられてきた子供のようだった。

 コンサートは素晴らしかった。ブライアン・アダムスは3時間弱、約30曲を熱唱し、途中ステージを降りてきて客席の間を駆け抜けた。1曲ではファンをステージにあげ、デュエットをした。

 「すごかったね」とホテルに戻って私が言うと、タクは「びっくりした」と言った。

 「何が?」と私が尋ねると、「ブライアン・アダムスが客席にマイクを向けたとき、観客がみんな、きちんと歌っていた」とタクは答えた。

 「どういうこと?」

 「海外のアーティストが日本でライブをするとき、日本人は歌詞をほとんど覚えていなくて、海外では観客の大合唱になるところがすごく寂しい感じになることが多いんだよ」とタクは教えてくれた。

 「そうなんだ」と私が言うと、「あと英語がわからないから、結構残念な状況になることもあるみたい」とタクが付け加えた。

 「残念って?」

 「昔、誰か忘れたけれど、有名なアーティストがアンコールの前に『もう終わっちゃうけどいい?』って英語で尋ねたんだ。当然、アーティストとしては『NO!』っていう返事を期待してたんだけど、日本人は英語がわからないから『Yeah!』の大歓声で答えた」

 「それでどうなったの?」と私は笑いながら尋ねた。

 「そのアーティストは困惑して『ほんとにいいの?』って聞いたんだ。そしたらまたもや『Yeah!』の大歓声」とタクも笑いながら言った。

 「そこでコンサートは終わっちゃったの?」

 「いや、きちんとアンコールをやって帰っていったらしいよ」とタクは言った。