たとえばロッキンロール。 | 赤裸々きらら~はかなくも輝く~byザナチュラルキラーズ

たとえばロッキンロール。

なにがロックンロールだ。なんてことさらさらかたるきもないし、議論するきもないけど。


僕は歌いたい歌を歌う。

いままでもそうしてきたし、これからもそうする。

そうじゃなくなったらもう、歌う意味がないから。


歌わずにはいられない。叫ばずにはいられない。抑えきれない。衝動。感情。

たとえば、そういうものにロッキンロールを俺は感じる。


そして、ぼくが感動してきた、音楽にはかならずそういうものを感じた。


間違ってるといわれようが、否定されようが、そんなこと二の次だ。

瞬間的な衝動でも、練り上げてきたものでも、なんでも、強い思いに、感動してきたんだと思う。


もちろん、音楽全部がそうだとかそういうんじゃなくて、いまは、たとえばロッキンロールの話ね。



僕は、昔から、小学校のころから、自分の内面と向き合っていきてきた。

なんてことは全くない。むしろ、弱い自分や、ずるい自分にはめを背けてきたし、

そういう部分を指摘されることを怖がって、ずるがしこく生きてた。もちろん、そこまで意識もしてなかったけれど。

いまでもそういう部分はきっとある。

けれど、少しずつでも、自分の弱さとむきあうことで、認めることで、なにかが変わったのを感じてきた。

コンプレックスを隠しても、なにも解決にならないように、隠すことで、目を背けることで、いい風に変わってきた。

なんてことは、僕の人生の中で、一度もない。



感情のダイナミズムとでもいうか、振れ幅はでかくなった。

とくに、うれしい。という気持ちに。



しったかぶりや、ポーズでいいきになったって、結局むなしくて、つまんなくなる。

認められたいのはきっとみんなそう。でも、

認められたいからって、嘘ついても、それはあくまで嘘で。心になんだかしみができちゃうよ。

いうなれば、その場しのぎの連続。毎日をただなんとなくやり過ごしてるようなもんだ。

よわくても、愚かしくても、そんなこと関係なく、等身大の自分をみつめてたいし、そして、そこから、自分は

どうするのかを決めたい。



まとまった文章じゃないことはわかってるけど、

そいうもんでしょ。そういうもんだと俺は思う。



楽しく生きて生きたい。

僕は、そう思う。