つい最近、ネットで生配信をしながら線路に飛び降り自殺をした女子高生が話題になった。それについて私が気になったのは女子高生が自殺をしたことではない。

私はその生配信の動画がTwitterで拡散されているのを見かけたが、その動画を見た人々の声に違和感を抱いたのだ。


一部では「人身事故を起こすのは多数の人に迷惑がかかるからやめろ。」という人もいるし、他方では、彼女の話を真剣に聞き、助けてくれる人がいなかったから自殺しただろうに、「もっと周りを頼れ。助けを求めろ。」などという人も見た。また、自分はいいことを言っていると自分に酔ったような同情のポエムを書く人もいた。そういったコメントやそれらに対する反論などが溢れかえっていたのだ。

私はそれを見て驚き呆れ返った。


多数の人に迷惑がかかる自殺方法が良くないことはごもっともな話であるが、自殺した彼女もそれはよくわかっていたと思う。しかしその上でその自殺方法を選んだ彼女の決断がどういう心理から生まれたのかを考えなければならない。その行動には彼女の最後の言葉が隠されていると思うからだ。


彼女はネット上で知らない人にはなから分かっている自殺方法の批判や同情をされたいわけでもなかったと思う。しかしそういう、考えるべきことから遠く離れたことをグダグダ書き綴る人が多すぎたように感じた。世間の民度の低さを目の当たりにして私は絶望した。


彼女が自らの命をかけて伝えたかった意思が伝えたい対象に届かないと思うと震える。


命の尊さ、重さを理解し、彼女がとった行動の真の意味を汲み取ってあげなければ彼女の死は無駄になり、報われないと私は思った。そして今後このような辛い事態を招かないようにはどうすればいいのか。私たちは今一度考え直さなければならない。