ようこそ
高貴な魂の仲間たち
ブログ訪問ありがとうございます
2月末から3月にかけて
連続で体調を崩し、しんどい思いをしていた日々が何とか過ぎ去り、今は回復していく段階へと移行中。
そんな中
昨日、友人の旦那さんが亡くなったとの知らせを受けた。
友人は幼馴染でもあり、青春時代を共に過ごした家族のような存在でもある。
そんな彼女の旦那さんもまた同じ部落の人。
彼とはそれほど関わる事はなかったが、去年は3人で飲みに行ったりもした。
昨日の突然の報告に私は彼女の心情を深く心配した。
そして、今日安置されている場所に出向き
旦那さんと最後のお別れをした。
思ったより、元気な友人にホッとしつつも彼女は
「今はまだ大丈夫。一緒だから(肉体が側にいるから)でも、葬儀が終わって家に帰ったら分からない」
と言った。
やはり、本当は辛いに違いない。
上の子たちは成人している子もいるが、まだ小学生の娘もいる。
旦那さん自身50代という若さで、家族を残して逝くのは無念だろう。
毎日を最善で過ごす
今回のことで、改めて思ったのは
やはり、人はいつ死ぬか分からない。
本当に突然ということは、ざらにある。
だから、毎日を『悔いなく』『最善』で在れるように
生きていかなければならないと実感した。
私は霊視や霊聴ができるので、今回彼のメッセージも聞いた。
「〇〇(友人のニックネーム)にごめんねって伝えて」
言葉はただそれだけだったが、彼の表情や雰囲気は『悔しさ』や『遺憾』を感じるものだった。
本当は色んな人に、色んなことを伝えたいはずだが
まだ、そこまで整理はついてなく
今はただただ、妻に対しての謝罪だけだった。
逝く人も、残される人も
突然の別れは非常に辛いものである。
お互いにすぐには、心の整理が追いつかないのだ。
本来、「死」は終わりではない。
それは肉体の機能が停止した状態にすぎない。
意識はなお存在し続け、死後は創造の一部として、本質の源へと還るプロセスを辿る。
しかし、この世界で積み重ねてきた記憶や感情、数々の体験、そして人とのつながりは、「個」としての意識を強くし、この世界への想いを深めていくのだろう。
だからこそ、私たちは日々を愛をもって、素直に生きていきたい。
未練や後悔なく毎日を過ごせているなら、肉体の「死」を迎えたときも、創造の源へと還るそのプロセスは、より穏やかで自然なものになるはずだ。
彼の安らかな旅立ちを、心から願っています。
最後までお読みいただきありがとうございます
それでは
ごきげんよう