今世の私のものではない


古い古い幾重にも重なっている


イエスへの愛を求める叫びが


腹の奥底から浮上してきた。


そこには


イエスのために身をなげうって


信仰してきた、犠牲を払ってきたかのような


恨みつらみも多分に含んでいる。



なぜイエスは沈黙されているのか・・・!


という類のこんなにも求めているのに


私は無視されている!という想いのデータ。


・・・すべてお捧げします。


赦しているのは自分自身なのだけれど


イエスも間違いなくその対象だった。


特別な愛と憎悪の関係。


イエスとの和解を求める叫びが響いてくる。


そして


今生をもって過去の癒されていない勘違い


データを全て手放し、分離は不可能だった、


罪は不可能だったということを感謝と共に


受け入れていきます。