◆ 「勝つ」をどうデザインするか | ゲームデザインエクセレント

◆ 「勝つ」をどうデザインするか

 ゲームで重要なのは「勝つこと」です。そして、両雄のいちばんの違いは、ここにあると言っていいでしょう。
  先述の通り、『モノポリー』には世界選手権があり、世界チャンピオンの座をかけての高度な闘いが展開されています。では、なぜ『人生ゲーム』には、それがないのでしょうか。ゲーム性を考えれば、簡単ですね。じゃんけんの世界トーナメント戦みたいなもので、ナンセンスだからです。『人生ゲーム』の勝ち負けは、ほとんどルーレットだけで決まります。プレイヤーの判断が関わってくる場面は、ごくわずか。進学するか就職するかすら、自分では選べないのです。
  つまり、これは「勝ち」と「楽しさ」の関係がどうデザインされているのかの違いと言えます。
  本質的に競技である『モノポリー』では、強い一体性を持ちます。基本的に勝つことを楽しむもので、それには運を期待するのではなく、正しい戦略に立脚した的確なプレイを展開しなければなりません。単なる勝利ではなく、自分の能力を高めることで得られるであろう勝利が、楽しさをもたらしてくれるのです。一方、『人生ゲーム』での両者は、たいした牽連性はありません。勝ち負けは、ただの偶然です。もちろん負けるよりは勝つ方が面白く、初心者や子供にとっては勝てる可能性のある分、『モノポリー』以上の魅力を持つでしょう。しかし、努力や才能とは無関係に得られるものである以上、そのがもたらす面白さは限られてしまいます。むしろ、そこにいたるまでの過程をプレイヤー間で相互に楽しむことが、いちばんのゲーム性となります。


 とはいえ、それだけで終わらせないところが、ボードゲームのそれたるところです。
  『モノポリー』は独占資本主義の経済を幾分かの皮肉を込めてモデル化したものと言えます。もし、これが何もモデル化していないゲームだったらどうでしょうか。真っ白なボードに、地名の代わりに識別コード。やりとりされるのも、ドルではなく単なる数値で、計算シート上に書き込まれるだけ......。それによって得られる面白さは、大いにプレイヤーを限定してしまうでしょう。経済という題材があり、それをモデル化しているからこそ、より多くの人にとって楽しさを感じさせられるのです《*4》。『人生ゲーム』にしても、その本質はすごろくではあるものの、マスに書かれたコピーとコマンドは、一定の世界観に基づいて統一されています。ゲームを通じて、多様性のある物語を一人称視点で楽しむという趣があるのです。
  興味深い題材を持ってきて、それを本質を突きつつもなるべくシンプルな形でモデル化し、遊びとして楽しめる外観を与えてパッケージングする......ボードゲームまでしかなかった時代のゲームデザイナーがやってきたのは、まさにこういうことだと言えるでしょう。