◆ 暗黙知に呑まれるな | ゲームデザインエクセレント

◆ 暗黙知に呑まれるな

 以上、ゲームデザインのディレクター的な仕事を紹介しました。
  「プロジェクトを指揮する」という言い方をすると、チーム全体ににらみをきかす強面のボスのような姿を連想しがちです。逆に「スケジュールを管理する」では、ただの雑用係のように思えるでしょう。現実のディレクターはその両面を併せ持っているわけですが、ここまでの話で、その奥深さがお分かりいただけたのではないでしょうか。また、一見ただの経験でやっているように見えることが、案外それを支える技法の上に成り立っていることに、驚かれたかもしれません。プロジェクトマネージメント技術は、経営大学院(MBAスクール)でも主要科目のひとつに位置づけられています。とりあげたWBSも、実は精緻な理論に裏付けされた知識体系の一部として教えられているものです。


ただ、ここで展開したのは実のところ「理論」で、実務的にはこうした体系をマスターしていなければならないというものではありません。というのも、会社のプロジェクトは、ゼロから起こすものではなく、たいていの場合、「前のプロジェクト」があるからです。例え新人であっても、以前に行われたプロジェクトを元に組み立てていけば、一応のスケジューリングはできるのです。
  新入りばかりを集めて新規プロジェクトを起こすような会社はなく、通常はメンバーの大半がそれ以前のプロジェクト経験をいくつか共有しているものです。そして手順というのも、チーム(場合によっては会社)全体として、ある程度決まっているのが常です。このような成文化されていない知識を「暗黙知」といい、マネージメントでは以前から注目されていました。実際の現場では、MBAスクールで教えられているような知識・技術などはほとんど求められず、むしろ場の空気から暗黙知を学び取れる柔軟さの方が、たいていは優先されることでしょう。
  さらに言えば、ガントチャートすらも書かずに済む場合があります。いつも同じメンバーで似た傾向のゲームを作っているようなチームだと、作業の手順というのも、事実上定型化しているものなのです。いつ頃誰が何をしたらいいのか、各自がだいたいわかっているため、特に打ち合わせなどしなくても、どんどん進んでいくということです。


ただ、それが手放しで喜ばしいことなのかは、少し考えてみるとわかると思います。
  こういうチームは、人材的に固着してしまいがちです。他の組織で経験を積んだ人間を受け入れられないからです。また、こういうチームに配属された新人は、よそのルールがわからず、将来苦労することになりますね。そして、時代が変わり、求められるゲームや投じられる技術が変化したときには、チームごと取り残されてしまうでしょう。
  暗黙知という現象がマネージメントの世界で注目されていたのも、この二面性を持つからです。便利で役に立つ反面、発想の固定化をもたらしてしまうのです。
  ゲームデザイナーであれば、プロジェクトマネージメント技術の基本は理解しているべきです。そして、現場の仕事に入っていったとき、無理に導入しようとするのではなく、流れの中で導入が役に立ちそうな場面を見つけ、順次組み込んでいくことが、いちばん現実的だと思います。もしガントチャートすら作らずにプロジェクトが進んでいたとしたら、かなり危険なことだといえるでしょう。


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