最近の自分を客観的に捉えるのがとても難しい。
客観的に見られることを意識して
ぷらすっぽくもまいなすっぽくも することが出来るんだけれど
そもそもどう見せたいのかとか もしくはどうありたいとか
さらにもしくはどれが本当の自分なのか
それを選択できない。
そんなことはそもそも考えて選ぶものではないけれど
自然な自分を見つけられなくて 選ばなきゃいけなくなってしまっている。
自分がまるでモザイクのように感じる。
こわい。
もちろん 明るい自分の方が客観的に好印象だし 自分の幸福度もそのほうが高いけれど
そういうふうに見せるのがつらいならそんなことを無理にするのは間違ってるとか
でもうじうじしている自分は嫌いとか
そういう渦の中に閉じ込められている。
睡眠障害がいよいよひどくなってきているけれど
どの病院を調べても
病院にかかるのが容易ではなくて
会社のシフトに悩んでるのにそんな限られた時間で通院する自信も気力もなくて
うんざりする。
なんてかいてると
どん底に居るように感じられるけれど
少し前のわたしは毎日絶望するばかりだったけれど
やっと重い腰を起こし始めることができたと
今は感じているから
きっともうすぐ何か変えていけると思う。
美味しいものを作って好きな人達と食べる生活はなんとしても叶えたいし。
cafeという夢を持つには本気度が不足していてはとっても叶わないから
本気になるかどうかはちゃんとあいた時間で考えてる。
建築物や家具や食器やグリーンやアート そしてご飯が好きだから
それとどう向き合っていくかということなの。
睡眠のことを考えても一生のプランの中で転職したいという気持ちは
いよいよ本気で高まってきているし。
前はやめられたらいいのに・・・だったけど
やめる。きっとやめるだう
と思っている。なんてまだ会社の人にはとても言えないけど。
二年契約が切れたらやっぱり駅の近くに引っ越して
煩雑な駅までの30分の道のりと怖い夢ともさよならしたい。
あいかわらずに彼氏はとてもほしいけれど
それを嘆くばかりはやめてしっかりした一人の女でなければと思ってる。
今すぐ結婚したいわけではないけれど
次の人とは結婚、と思える恋愛を目指してどうしても理想が高まっているように思う。
理想が高いということはそれだけの女性にならなければ話にならない。
芯があって女性としてしっかりしているけれど
それでいていつまでも可愛らしい少女のような女を目指したい。
なんか最近そう思うのだ。
しっかりしてるけど無邪気なひと
趣味や興味は色んな物があるけれど
わたしを一番に救うのはわたしのご飯である。
世界にひとつのレシピ本。作ろう。
