平等についてわたしはこう考える | NKB2 (にられば・かれー?・びふてき・ににんまえ)

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名古屋のキテレツ配信ブログことNKBが、いつのまにかバージョンUPしちゃったみたい。Q:で、なにが変わったの? A:色が――。

人は生まれながらにして平等。
という言葉は、偽善の極みとしか言えない。確実に生まれた瞬間からプラス、マイナスが絶対に存在している。
思想、哲学、宗教など関係なしに、このことに関しての反駁は一切認めない。
アフリカの飢餓に苦しむ子どもたちと、ハリウッドスターの子どもが平等なわけないでしょう?
動物だってそう。
野良の親を持って生まれたにゃんこと、綺麗なトリミングをされた親から生まれたにゃんこが同じ境遇とは言えない。
野良に生まれたにゃんこは、危険を省みずその日のご飯を確保し、大雨が降ったらじっと餓えを凌いで耐えなければならないのだ。
蛇足だが、野良猫のあの逞しさと強かさは本当に見習うべきところが多い。

さて、今回はマイナスの方に焦点を当てたいと思う。
生まれながらにしてマイナスだった場合、相当の努力と忍耐を要する。
人の二倍、三倍やって初めて人並みに暮らせるかどうかで、さらに上を目指そうと思えば十倍、二十倍の力が必要となり、当然そのことによって様々な犠牲が生じてくる。
なぜ突然こんなことを言い出したのかというと、今てめえがこれまでの二、三十倍の努力と忍耐をしなければならないからだ。
正直、まだどれが正解なのかはわからなくて苦悩の毎日を送っているが、高校生の頃からの確たる信念はある。

①てめえのレールはてめえで敷く
②その代わりすべて自己責任
③良くも悪くも三倍返しが基本

この記事を書いていて本気で真のすれっからしだと思った。斜に構えるにもほどがあると思った。
しかし、こんな奴にだって夢はある。

①世間の誰もがうらやむ生活を、自らの力で手中に収めたい
②様々な事情で苦労してきた若者を救える受け皿になりたい
③天寿をまっとうする日に、「波乱万丈でも良い人生だった」と言えるようにしたい

これくらいの贅沢を言っても罰は当たらないでしょう?
嗚呼、カナル型のヘッドホンから流れる中島みゆきの『時代』が五臓六腑にじんわり滲みてゆく。