グリムの童話

 1800年代の初め頃、ヤーコブとヴィルヘルムのグリム兄弟は主としてドイツ中央部のはなし家から集めたおとぎ話の本を出版した。そして、それは世界でも有名な物語(グリム童話)となり、そのエコーは今でも、世界中でこだまする。

 中世文学研究家のグリム兄弟は友人を慰めようと考え、おとぎ話のコレクションを始めた。その当時、二人の故郷ヘッセンはフランスの統治下にあり、二人は、「ヘンデルとグレーテル」や「ルンペルシュティルツキン」のような話の中で、ドイツ文化を守る方法を見つけたのである。

 グリム兄弟は19世紀に、ドイツで活躍した言語学者、文献学者、民話収集家、文学者で、九人兄弟の次男ヤーコブと三男のヴィイルヘルムで、ハーナウに生まれた。幼いころ、学校の図書館で、今まで聞いたことのあるどんな話より心をときめかす物語を載せた本にであった。

 その後、霊感を受けた二人は女性たちや老いも若きも含めた多くの人々から聞かされた民話を集めることにした。そして、その話を本にまとめれば、いろいろな場所に住む子供たちを喜ばすことができるかもしれないと考えた。

 グリム兄弟は二人のおとぎ話のコレクションを「Children’s and Household Tales(グリム童話)」と名付け、1812年に、ドイツで最初の7巻本版を出版した。その中には、「シンデレラ」、「白雪姫」、「赤ずきん」、「ラプンツエル」、「ルンペルシュティルツキン」、「ヘンデルとグレーテル」、「カエルの王様」などがあり、さらに、その他多くのキャラクター(魔法使い、兵隊さん、継母、巨人、オオカミ、悪魔など)がページ一杯に登場していた。

 グリム童話は口述物語から書かれもので、210のおとぎ話や動物物語、道化芝居、宗教的な寓話を集めたアンソロジーの典型である。英語版はいつも「Grimms’ Fairy Tales(グリムのおとぎ話)」と呼ばれ、世界の文化となった。

 これまでのところ、グリム童話は北極のイヌイット語からアフリカのスワヒリ語まで、ほぼ160の言語で翻訳されてきた。アメリカでは、120版の中から選べるし、聖書に匹敵するとも言われていて、物語とキャラクターはほとんどすべてのメディア(演劇、オペラ、漫画、映画、絵画、ロック・ミュージック、広告、ファッションなど)に採用されている。

 日本人はすべてのグリム童話のファンの中で、最も熱心な愛好者で、話に関係するテーマパークも造った。なおアメリカでは、メディアの巨人のディズニーがグリムの童話によって事業を開始するために多くの素材を供給されたという。

 ところで、グリム兄弟はフォークロア(民間伝承)研究のパイオニアとしても認められ、二人のおとぎ話のコレクションにおける広範囲にわたる編集作業と物語の草案は同時代の童話作家に影響を与えたのである。