元首相銃撃は「民主主義への挑戦」か 宇野重規さんが考える「敗北」

https://www.asahi.com/articles/ASQ7K34MRQ7JUCVL01G.html

 

 

 

 

安倍さんが銃撃を受け亡くなってから1週間ほど過ぎました。

容疑者の取り調べも進み、犯行に至るまでの行動などが明らかにされつつあります。

ポイントとしては

①  統一教会

②  同教会への献金・寄付

③  安倍元首相と統一教会の関係

④  選挙期間における犯行

⑤  民主主義

ぐらいでしょうか?

 

昨日(7月18日)朝日朝刊1面に以下の記事が掲載されていました。

語り手は政治思想史が専門の宇野重規・東京大学教授。

 

事件勃発当初から、政界もメディアも示し合わせたように「民主主義への挑戦」という言葉を使いました。理由としては、安倍さんが奈良で自民党候補の応援演説をした際に襲撃を受けたからです。

 

容疑者も、当初、統一教会と関係のある安倍元首相が憎かったと供述していました。

 

その後、統一教会にのめり込んだ母親に対する不満や、

同教会への過度の献金や寄付によって家庭が破壊され希望や未来を失った事への怒り、不幸な生育歴が容疑者の口から発せられ、また、犯行動機が安倍元首相の政治信条への異議ではないとの供述から、世論的には「これは個人的な恨みであり民主主義云々とは関係が無い」との異見が出て来るようになりました。

 

この記事は有料記事になっておりますので、後半部分を転載することは出来ませんが、

この東大教授はそういった世論に異議を申し立ているようです。

 

ブログ主は頭が悪いのか?教授の見解がよく理解出来ないのですが、

この教授が指摘するに、

①  選挙期間に起こった

②  演説中に起こった

③  暴力で相手を否定し抹殺した

が、「民主主義への挑戦」なんだそうです。

 

なら、

選挙期間中に

某職場内で、Aさんが自民党を支持する意見を述べた際、自民党に不満を持つBが刃物のようなものでAさんを殺害したとする。

メディアはこの事件をどう報じるでしょうか?

今回のように「民主主義への挑戦」と騒ぎ立てるでしょうか?

 

演説中に起こった?

演説中に事件が起こったので「民主主義への挑戦」?

いや、容疑者は、安倍さんの所在を確認できる機会が奈良での応援演説地点だったので、そこを決行場所に選んだだけだと思います。

なにも、演説に聴き入る大衆の前で元首相が襲撃されることによって日本社会に衝撃を与えるとか、大きな事は考えていなかったでしょう。

演説という政治的なシチュエーションを選んだのではなく、襲撃しやすい地点と時間を選んだのでしょう。

 

暴力で相手を否定し抹殺した。

世の中暴力で相手を否定する事って毎日のように起こっています。

極端な例が「戦争」ですね。

現在もウクライナがロシアから攻撃を受けています。

国会では採決を阻止するために不逞議員が議長に襲いかかっていますね。

あれは「民主主義への挑戦」ではないのかな?

教師による体罰

警官による過度の暴行

自衛隊内における暴行事件

某議員による秘書・専属運転手への暴行

 

庶民の生活では

職場における上司からの暴行

家庭内DV

デートDV

某大学スポーツ系クラブで起こる監督やコーチの部員への暴行

 

これらの中には意見の相違によって起こった件も多くあると思うのですが、

真っ正面から「民主主義への挑戦」と書き立てるメディアはありません。

 

暴力は勿論いけません。

ものごとは話し合いによって前に進めるべきです。

そのような習慣を幼少期から身につけるべきでしょう。

 

ではなぜ?

議事進行に不満を持つ議員は議長に暴力を振るうのでしょう?

教師はなぜ子どもに体罰を加えるのか?

自衛隊や警察ではなぜ上の者が下の者を力でねじ伏せるのか?

なぜ妻に暴行を加える夫がいるのか?

なぜ自分以外に男友達がいるという理由だけで彼女を殺してしまうのか?

 

まあ、この大学教授は専門が政治思想史、政治哲学ですので、ブログ主の疑問には答えられないでしょうし、答えられるような研究はしたことがないと思います。

 

問題なのは朝日新聞ですね。

なぜ、今回の事件について、この教授から意見を求めたのでしょうか?

おそらく事件の核心を理解していないか、

読者の思考を誘導するためでしょうね。

この新聞社は昔、赤報隊による「阪神支局襲撃事件」というのを経験していますので、

どうしても「民主主義への挑戦」へと世論を持っていきたいのでしょう。

ブログ主にいわせれば、こういった世論誘導こそ「民主主義への挑戦」だと思いますが・・・。

 

 

 

 

朝日より

 

・・・転載開始・・・

 

有料会員記事

 

聞き手・真野啓太2022年7月18日 6時00分

 

 安倍晋三元首相が銃撃される事件が起きると、「民主主義への挑戦」という言葉が飛びかいました。ところが殺人容疑で送検された山上徹也容疑者(41)の動機として、宗教法人「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」への恨みが浮上すると、民主主義の問題として論じることを疑問視する声も出ました。民主主義は関係ないのか。政治思想史が専門の宇野重規・東京大学教授に聞きました。

 

うの・しげき 1967年生まれ。東京大学教授。専門は政治思想史、政治哲学。著書「民主主義とは何か」で石橋湛山賞。

 

連載「元首相銃撃 いま問われるもの」一覧

 ――事件直後から民主主義という言葉が多用されました。

 

 「新聞や政治家が示し合わせたように『民主主義への挑戦』と表明したことに違和感がある、というのは自然な感覚だと思います。誰が何に対して挑戦したのか、はっきりさせないで使う民主主義という言葉は、中身のないクリシェ(常套句(じょうとうく))になっているように思えます」

 

 「一方で、民主主義の問題ではない、という意見に対しても、違和感があります」

 

 ――どんな違和感でしょうか。

 

 「個人的な一種の逆恨みであり、アクシデントだから、政治的な問題ではない、民主主義とは関係がないとする考えは、非常に表層的です。そうした理解には異議を唱えたいと思います」

 

 ――ただ容疑者は、安倍元首相の政治信条への異議ではない、とも供述しているようですが。

 

 「宗教団体を恨み、安倍さん…

 

・・・転載終了・・・