世界教師と言われてピンと来る人もいると思いますが、何の事なのか全くわからない人が大半かと思います。
キリスト教徒はキリストの再臨を、仏教徒は仏陀・弥勒菩薩、イスラム教徒はイマム、ヒンドゥー教徒はクリシュナ、ユダヤ教徒はメシアとしてこれら異なる名前を同一人物(世界教師)として認識すると密教徒は理解しています。
何故来られるのか?
世界教師という名前から理解して頂ければと思います。
私自身の最初の接触は世界教師から私へのテストでした。
もちろん、世界教師であるなどと言うわけもありません。
ある日、一人のアフリカの人と付き添いの日本人が私の家に来ました。
アフリカに学校を建てたいので、現地のコーヒーを6万円で買ってくれないかというものでした。
私の住んでいる地域は高級住宅街でもなく、いきなり6万円も要求してくるのはとても奇妙でした。
私は内的にこれはテストであると理解しました。
相手にも私の考えは伝わっていたと思います。
何のテストかと言えば、分かち合いが出来るかどうかのテストです。
内容を聞いて、数量を少なくしてコーヒー6パックで6000円なら協力出来ると伝えました。
そして、コーヒーを購入して直ぐに帰るのかと思ったら、アフリカの方が握手して下さいと言うのです。
それも奇妙に思えましたが、握手しました。
そうしたら、その握手が普通ではなかったのです。喜びのエネルギーがワーーーッと放射されたような感じでした。
それで、とりあえず私へのテストは合格したみたいと理解しました。
世界教師は私の馴染みのある名前ではアフリカの人がマイトレーヤで付き添いの日本人がイエスであったとの認識です。
このようなテストは私だけが受けているものではありません。思い当たる人もいるのではないでしょうか?
このテストはこの後何回か続きました。味噌、野菜、果物などそれぞれ別の人達が玄関先まで売りに来ました。それは多分、弟子の方々だったのかと思います。
今は全くそのような事はありません。
この他にもアセンデッドマスター方の接触はありました。私の中では誰だったのかの判別は出来ていません。
伝導瞑想に通っていた時があるのですが、その頃は子供の学校のPTA 活動もしているなかで、瞑想会場にも通っていたのですが、疲れで腰が痛くて瞑想出来なくなったので、早めに切り上げて帰る途中の電車の中でした。PTAの仕事も上位の存在からやるように言われてる感じでやっていたので、こんなに出来ないよと思っていました。
いつも乗っていた相模線ですが、乗っている人は少なく、反対側の席に片足の膝から下がない人が座っていました。膝の先はドリルになっていて隠す様子もなく投げ出して座っていました。いままでそのような人は見た事がなく、足を投げ出している様子が不自然でした。
私にはその様子を見せる事によって励ましているのだと感じました。
一番最近のは渋谷にいた変なおじさんです。チェンバーに行き、お友達とお茶して別れて帰る途中でした。
車道を自転車に乗ったおじさんが通って行ったのですが、格好が物凄く変だったのです。
ミンクのコートを着て、ハット型の帽子には二つの風車がついていて、自転車の前籠にもついていました。自転車の籠は前後についていて、花飾りがついていました。風車を回しながら、5車線をいっきに横切って行きました。車はそこそこ走っていたのにそんな事が出来たのと、あまりにおかしな格好をしているのに他の人達は気づいていません。
花籠の意味がわからなかったので、お友達に相談したら聖杯の事ではないかという事で私もそれに納得しました。私が感じたところではそのお友達が前籠で、私は後ろの籠でした。これはその後のライトワークを二人で協力して行う事を意味していました。
5車線をいっきに渡っていったのは5次元までこのように行けるよという意味で私は受け取りました。
世界教師の資料を確認しながらブログを書いているのですが、1978年3月からパキスタン・インド人地区のスポークスマンとして知名度を高めていると書いてあり、驚きました。昨年後半からパキスタンとインドの人達と何故かSNS上でお友達になる機会が多かったからです。何故なんだろうと思っていましたが、世界教師との何等かの繋がりからそうなっていたのを知りました。
そして、このブログを書くように促されていると感じた次第です。