「楽しみにしてて」
ゆうちゃんにそう言われてから何時間経ったであろうか。慣れないヒールを履いてきたせいで踵がジンジンと痛む。それに連動する様に私の顔もくしゃくしゃになっていく。
昨日まではこんなはずではなかったのに、どうしてこうなったんだろう。私は雲行きが怪しくなっていく空を見つめながら、昨日のゆうちゃんからのコールを思い出していた。

「今日商店街を通ったらね、はるちゃんの好きなキャラクターの抱き枕があったよ」「僕たちもうすぐ3年になるでしょう、少し早いけどはるちゃんにプレゼントしたいと思って」「だから明日お出かけしようよ」
普段休日に外に出ようなんて絶対に言わないのに、開口一番、声高らかにそう提案した。あまり唐突で、でも電話の向こうで照れているゆうちゃんを想像したら私は胸が一杯になってしまった。私の好きなものや記念日を覚えていてくれた事も素直に嬉しかったので、すぐにそのお誘いを受けた。
「じゃあ明日は可愛い格好で来てね!」
「可愛い格好?何で?」
「何でも。楽しみにしてて」
ゆうちゃんは計画をするのが得意な方ではない。むしろ苦手だ。デートの時は大半が私が提案してそこに行くのが当たり前となっていて、初めの方は気を使ってくれているのかなと思う様にしていたが、友人に話しても「男らしくないね」と言われてしまうので、最近はデート当日の「何する?」というゆうちゃんの言葉があまり好きではなかった。でも今回は違う。楽しみにしてて、その言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。ああ、すごく楽しみだ。もしかしたらお店を予約してくれているのかも。楽しみにしてて。うん、楽しみにしてる…昨日はこんな事を繰り返し脳内再生していたせいであまりよく眠れなかった。

そして当日、今日になってゆうちゃんが姿を見せないのだ。何度も連絡したが繋がらない。こんな事はザラだった。いや、いつもそう。ゆうちゃんってこういう人だった。あの言葉にすっかり騙されていたんだ。私の中から今日ここに来るまでの幸せな気持ちが消えて、今までの不満が一気に爆発した音が響いた。
集合時間から3時間過ぎた頃、私はやっと帰る決心をしてその場から離れた。踵の痛みは次第に胸の痛みで打ち消され、人通りの多い商店街だったが、そんな事も御構い無しに私は涙を流し続けた。

商店街から抜け出そうとした時、私の好きなキャラクターの抱き枕を持ってはしゃいでいる女の子が通り過ぎた。ゆうちゃんが言っていたお店のタグが耳に縛り付けてあった。手を繋いでいるお父さんが女の子に「よかったね、買えて」と手を繋いでいない反対の手で抱き枕の耳をちょんちょんと触った。ああ…ゆうちゃんってそういう人だもんね。私はゆうちゃんに電話ではなくメールをする。
「抱き枕買えなかったって素直に言えばいいのに」
返事はあっさり返って来た。
「何で知ってるの!?」
「だって私達3年の付き合いになるんだよ」
「今違う店で探してるから、ごめん」
「ありがとう。でももういいの、早く来て。そしたら私達ちゃんと話そう。」
ゆうちゃんから連絡が途絶える。顔を真っ赤にして走る優しいゆうちゃんの姿が頭に浮かぶ。そうさせているのは私のせいだ。結局私もゆうちゃんに無理をさせているのかもしれない。きっとお互いが足りない事ってまだたくさんあるはずなんだ。

踵がじんわりと痛み出した。