「なんだかね、ずっと見ていたくなるんだよ、君のまつげ」
そう言うのは今年の4月のクラス替えで同じクラスの前の席になった速水だった。
「長くて素敵だなあ」
「…」
「横から覗くと物が突き刺さって見えるね」
速水はにこにこと自分のまつげを指差した。
 
私はいわゆる人見知りというやつで、出会って数日でマシンガントークを繰り広げる、チャラ男のような無鉄砲なノリについていけずにいた。
この高校に入学してもう2年が経ったというのにろくに友達も作らず(作れず)、読書が唯一の友達だった根暗と、明るい性格でバリバリの運動部、他のクラスからの訪問者も絶えない人気者とのテンションの差は正に月とスッポンと言えるだろう。
こういう類の人は、私の様な暗い人間でも対応を変えずに明るく話しかけてくれる。対してこちらは免疫がない分、反応に困ってしまうので1、2往復会話した時点で察して欲しいオーラを放出しているのだが、何故だろう、察する能力が備わっていない様である。会話が始まるとチャイムが鳴り終わるまで離してくれない。
話すだけ気疲れしてしまうので本当にいい迷惑…と思いつつも話しかけてくれる事自体は案外嬉しかったりする。嘘、案外ではない。非常にである。
速水の会話には嫌味がない。それに私を褒めてくれる人なんて親以外初めてだったから、会話を重ねる毎に心も大きく動揺していた。これもその類の悪い所だ、普通の会話なんて私にとっては全く普通ではないのだから、少し目が合うだけ意識してしまうし、勝手に妄想を巡らせて痛い勘違いをしてしまう。あっちはこんな事でなんて思うだろうけど、こっちにとってはクラスメイトとの会話だって大イベントなのだ。
 
「メイクしてないよね、しないの?」私は頷く。
「見てみたいなあ」私は首を傾げる。
「顔立ち綺麗だから美人になるよ」なるよ私は机に顔を向ける。因みにこの間に速水の顔は一度も見ていない。
「一番見たいのはまつげなんだけどね!どのくらい伸びるのかなあ」
「そんなに…」私が顔を少し上げて目を向けると、
「お」
速水は私の顔を覗き込み、「やっとこっち見た」と笑顔になるのであった。
 
こんな事されたら誰だって好きになる。
私じゃなくたってきっと……きっと色んな人にもこんな笑顔を振りまいているんだと考えると、つんと胸が苦しくなる。
例え無自覚だとしても、どうせ実らない恋を生み出しては踏みにじっているのだ。それでいてそんな気にさせるつもりはなかったで済まされたら、こちらはもう何も言えないではないか。なら私はこの気持ちを押し殺すしかない。どうせどうせと自分に言い聞かせるのだ。嬉しいけどもう辞めて欲しい。辞めて欲しいけど辞めないで欲しい。
 
「速水ー」
隣のクラスの女の子が速水を呼び出す。しかし速水は席を動こうとしない。
「あの、呼んでるよ」
「いいの、もう少し居させて」
「どうして」
速水は照れ臭そうに口を窄めた。
…本当に変な人。嫌な人。思わせぶりな人。こんな私を認めてくれる、唯一の…。
 
「速水ゆき!いるなら返事しなさいよね」
「ごめんごめん。じゃあいってくるね」
 
 
唯一の女性なのだ。