「由依?」


何十回も何百回も呼んだ名前をもう一度呼ぶことができるなんて思ってもみなかった



私の顔じっと見ている由依は、大人っぽさがあった


東京の女と呼ぶべきだろうか



でも、ラメが周りについた大きな瞳はあの時から全く変わっていなくて良かった



微笑むような笑顔も何一つ変わっていなかった





高校3年生の時、同じクラスで、由依の隣の席になった私は声をかけて、知らない間にずっとそばにいるようになった




隣にいてくれるのが心地よくて、夏祭りの日
に私は告白をした




「私たち付き合おっか」



最後のクライマックスを迎えるおおきな花火が打ち上がった時、隣で手を繋いでる由依に伝えた




屋台で賑わっている場所から少し離れた神社の丘に2人で座って、誰もいないところでキスをした







そこからキス以上のこともして、、、





同性愛というものがまだ世間では病気のように扱われている時だったから



学校ではイチャイチャを禁止して、なんだか芸能人の恋愛をしているようだった





高校生だからまだ、深く物事を考えない時だってあるわけで



私たちはクリスマスイブの日、羽目を外した



これまでしてこなかったことをこういう日にしてしまって壊した




机が雑に置かれた教室で、キスをした
それも、舌を入れて



「見つかっちゃうよ?」



言葉ではそう言ってるのに、ウキウキとしている由依の声色



「見つかっても由依がいるから」



見つかるわけがないと確信している私の声が響いた



「こうやってずっと一緒にいたい」


「こうしてたいね」



幸せで溢れる毎日が卒業すれば来るのだと思っていた





次の日、学校に行ったら黒板に『同性愛』と書かれ、ご丁寧に私がキスをしている写真までコピーされて貼られていた




私たちの机にも、2人の名前の上に傘がネームペンで書かれていた




どうすればいいか分からなくて、でも由依を守りたくて、




傘をささず、ビシャ濡れになりながら由依と無我夢中になって走った



「別れよ」



何度も来た由依の家の前で、そう由依が言った




涙も何も流れることなく、ただ終わったのだということが頭の中に流れ込んできた




どうやって家に帰ったのかも分からず、そこから学校に行かなくなった




予備校と由依の時間がびっちりと書かれたカレンダーを破いて、新しいカレンダーに毎日予備校の時間を書き込んだ




卒業式当日行く予定なんてなかったのに仲良かった友達が来て、2ヶ月ぶりの教室に足を踏み入れた




私たちのキスの写真を撮ったという男子が謝ってきた



理解されているのか分からなかったけど、その場の1番いい答えを出した





それでもトントン拍子に時は来ることはなくて、第1志望大学に落ちて、地元の大学に行くことになった




大学には高校の友達も何人いて、由依と別れた苦しみを忘れようと大学生活を楽しんだ










そして、今



成人式の同窓会に由依がいた





「走ろう」



声をかけたら手を掴まれて走っていた






近くのレストランに入り、ドリンクだけ注文した




「久しぶり」


先に口を開いたのは由依だった



「なんか雰囲気変わったね」


微かに甘い香水と、かき分けた前髪



「んー東京の大学行ってるからかな」
「理佐も東京じゃないの?」



「私は地元の大学だよ」



落ちたよなんてすぐに言えなかった


「え、なんで」


「由依は櫻大学?」



聞かれた質問に答えず、質問する




「欅大学だよ」
「理佐は櫻大学行くだろうし、また私がいて人生壊したくなかったから」



サラッと言われた言葉にグサッと胸に刺さる



「落ちたから」

「由依、受けると思って、また会いたかったから頑張ったのになぁ」




自然溢れる涙を堪えず、机の下に落とした



「ごめん」


その言葉もっと苦しいよ


「もう、恋人くらいいるでしょ?」



ここまで心がズタボロなんだから、もうこれ以上苦しむことは無いし、最後に聞いた




「恋人いたら同窓会来ないし、理佐と話たりしないよ」



空を見ると、雲ひとつない空で
満月が綺麗に街を照らしていた




「ねぇ、あの時苦しみから逃げてごめん」
「もう逃げたりしないから、私とやり直して欲しい」




由依と付き合っていたよりかは、行きやすい世の中になった



逃げ出したり、怯えて生活しなくても大丈夫になった気がする



でも、、、


「また、苦しみは来る」



「全員に注目はされなくても、手を繋いでいたら見る人だっている」



「小言で話をする人だっている」



「普通の恋愛と呼ばれるまではまだ時間がかかると思うよ」



何やってんだよ


もう1人の自分が私を怒る


このまま好きと言えばいいのにと



「それでもいい」
「今度は逃げない、ちゃんと立ち向かう」



「そんなのしなくていい」
「由依が気にしないくらいに私が幸せにする」



雨が降っても晴れの日が来るように
私たちの恋愛も、もう一度始まりを迎えた






社会人になって私たちは東京に就職した
今日は2人で使うお皿を買いに来た



会計を済ませて、出ようとしたら由依が箸置きを見ていた



「買う?」



猫のかわいい箸置きだった



「買うなら犬がいいー」


「じゃあまた探そうね」




そうして私たちは手を繋いで外に出る



『ねぇ見て見て』
『私、初めて同性愛の人見た』



大学生くらいの子だろうか
友達と服屋の紙袋をいつくか持って歩いていた



「あの人たち、同性愛の良さ知らないんだよ」
「可哀想、、」


「だねっ」




私たちは手を握っている方の腕を大きく振って歩いた



知らない間に、由依は強くなっていた