醜悪なものを見た
胸糞が悪い
「『差別』は、意外なことでは無い」という内容の、そりゃそうだわな、知ってる。としか言いようのない記事があったのだが、「だよねー私も○○人が嫌い」だの「娘も○○が気持ち悪いって言ってた」だの、コメント欄が"差別しちゃうの仕方ないよね博覧会"となっていた
皆さん楽しげにやってて、なんというかもう…ほんとどうしようもない
ブログ主も特にたしなめず好きにやらせてるのがまたどうしようもない
冷や水浴びせる系コメントを入れてみたが、ブログ主が非承認にしたか、アメブロのAIに弾かれたか知らないが反映されない(「ドン引き」という単語が引っかかった可能性有り)
モラハラ対策ブログのコメント欄なので、コメント書いた彼らは夫にモラハラされて幾星霜という人々なのであろう
酷い目に遭わされた人々が、その経験を他人への思いやりとして活かすとは限らない
「自分は理不尽に耐えてきた、あんたらもこれくらいイケるよね?」という負の連鎖はあるあるだ
そもそも親にモラハラ的関わりで育てられ、夫にも同様な扱われ方をされてきた人達が、匿名で書ける場で見知らぬ他人について良識ある言葉を残せるかと言ったらまあ無理かもね
手本となる人物が彼らの人生に登場していないのかもしれない
ある人が「セクハラ親父は女を人権ある一人の個人として見ないし、おそらく自分自身のこともそのようには考えていない」と看破しており、唸った
セクハラだけでなく、ハラスメントをはたらく輩は一見「自分は王様、相手は奴隷」くらいの認識でいるかのようだが、その実「自分も相手も奴隷(人権が無い)」と考えているとの考察
力のある奴隷が弱い奴隷を弄んでいるだけで、自分(ハラスメントする人)も結局、権力者には弄ばれる存在だと感じており、それを受け入れている
だってエロい肉が目の前にあるんだもんしゃーないでしょくらいの感じで女子社員の体を触っていたし、だって業績悪いもんそりゃあ偉い人らも怒るわなあと上司に怒鳴られものを投げられることを許容する。
ハラスメントしがちされがちな人は「人権感覚が育っていない」という共通点がある
モラハラ被害者であっても「だってキモいって思っちゃうもん仕方ないよね」と聞かれてもいないのにマイノリティについての偏見と嫌悪をパァパァと開陳して見せるのだ
あんたら今までは「Joeさんなんでまたこんな記事書いたんだろ?」って想像を巡らしながらコメントしてたじゃん
なのに「人間にとって差別してしまうのはありのままの姿」って内容の記事には無批判にそのありのままの姿を見せびらかしちゃう方向でコメントしちゃうんだから失笑する
「不倫するモラハラ夫は動物的本能でしか生きてない」と批判していなかったか?
自分は自分の差別的な思いを無遠慮に書き散らすのか?動物じゃいかんのじゃないんかよ??
「本人に言わなきゃオッケー」だと思ってる節が見受けられる
でもブログのコメント欄ってめっちゃ「公の場」でしょ
別にクローズドな場じゃない
見てんだよ
あんたらが嫌いだ苦手だ、だってキモいし自分と違うから、と書いたクソみたいな言葉達を当事者や関係者は見てる
そんで刺されてんの心を
なんでわかんないの?
ああそうか、大切に扱われた経験がないからだよね