尼崎太鼓愛好会と 浪速の投げ師の気ままな日記

尼崎太鼓愛好会と 浪速の投げ師の気ままな日記

私達の太鼓は、盆太鼓です。
夏の風物詩でもある 盆踊りの櫓の上で 太鼓を叩きます。
各自治会・各団体・各施設等、ご依頼頂きました櫓で
皆さんと共に 楽しんでいます。

年々少なくなって来た 日本の伝統文化である盆踊りを
普及・伝承する為に 頑張っています。

 

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広島県広島市西区に本社を置き、ちらし寿司などの調理用食材の製造・販売メーカーである株式会社「あじかん」が制定。

日付は、この日が岡山のちらし寿司「ばら寿司」が生まれるきっかけとなった備前岡山藩主・池田光政の命日であることから。山の幸、海の幸などの食材をたっぷり使ったちらし寿司を食べて、夏に向けて元気になってもらおうと記念日とした。記念日は2004年(平成16年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

ちらし寿司

ちらし寿司について

ちらし寿司とは、酢飯に多種類の具材を合わせて作る寿司で、単に「ちらし」と呼ぶこともある。ちらし寿司の「ちらし」は、寿司飯の中、または上に様々な具材を「散らす」ことに由来する。

ちらし寿司

ちらし寿司の誕生には諸説あるが、一説には江戸時代の1654年に備前(現:岡山県)で大洪水が起き、当時の藩主・池田光政が汁物以外に副食を一品に制限する「一汁一菜令」という倹約令を出したことがきっかけといわれている。

災害復旧のため、食事まで制約された人々は、そのような状況の中で少しでも美味しい食事をしたいという思いから、できる限りの具材をご飯に混ぜ込み、小さな幸福を噛みしめながら苦境を乗り越えた。その時の混ぜご飯が、現在のちらし寿司の原型となったとされている。

また、「一汁一菜令」が出されていた当時、寿司の具材を器(寿司桶)の底に敷き、それらを酢飯で覆い隠すことで粗食を装い、食事の直前に器をひっくり返して食卓を飾ったという逸話もある。

「寿司」に関連した記念日として、1月10日は「さんま寿司の日」、3月3日は「春のちらし寿司の日」、6月18日は「国際寿司の日」、11月1日は「すしの日」、11月22日は「回転寿司記念日」、年4回の「節分の日」は「巻寿司の日」となっている。

 

だそうです。

 

 

 

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930年(延長8年)のこの日(旧暦)、平安京の清涼殿に落雷があり、大納言の藤原清貫(ふじわら の きよつら)が亡くなった。

清涼殿への落雷

平安京では長い間日照りが続き、公卿たちが清涼殿に集まり雨乞いを行っていた時の出来事だった。

この落雷は政治的な策略によって京の都から太宰府に左遷され、そこで亡くなった菅原道真(すがわら の みちざね)の祟り(たたり)であると信じられ、道真の学者としての名誉を回復した。また、これにより菅原道真は雷の神「天神」と同一視されるようになり、「天神=学問の神」として菅原道真が祀られるきっかけとなった日である。

関連する記念日として、「天神」として信仰される菅原道真の誕生日と命日に由来して毎月25日は「天神の縁日」、命日に由来して2月25日は「道真忌」となっている。

 

だそうです。

 

 

 

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東京都新宿区高田馬場に事務局を置く全国建設労働組合総連合(全建総連)が1978年(昭和53年)に制定。

日付はスペインの建築家アントニオ・ガウディ(Antonio Gaudí、1852~1926年)の誕生日にちなむ。住宅建築に関わる職人の仕事や技能をより多くの人に知ってもらうことが目的。

制定当時は高度経済成長による住宅建設ブームで、多くの住宅が建てられる中で、職人をめぐるトラブルも少なからずあった。そのため、町の大工や左官屋など職人の腕や信用をPRするために記念日が制定された。この日を中心として、職人による住宅相談や、独居老人宅や保育園・小中学校の修繕ボランティア、子ども達のための木工教室などが開催される。

住宅デー

全建総連は、1960年(昭和35年)11月に土建総連、全建労、東建産が統一して結成された団体であり、建設従事者・職人を中心に構成される。英語表記は「National Federation of Construction Workers' Unions」。この「住宅デー」を含むイベントの企画やシンポジウムの開催、機関紙「全建総連」の発行、ボランティア活動などを行っている。

 

だそうです。

 

 

 

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1947年(昭和22年)のこの日、アメリカの実業家ケネス・アーノルド(Kenneth Arnold)が自家用機で飛行中にコーヒー皿のような謎の飛行物体を目撃した。

UFOの日

最初の目撃例となったこの日をUFO研究家たちが記念日として命名したとされる。

謎の飛行物体はワシントン州のレーニア山付近の上空に9個あり、当時では信じられないほどの高速で急下降や急上昇を行っていた。アーノルドはこの物体をその形状から「空飛ぶ円盤(flying saucer:フライングソーサー)」と呼び、全米で報道されると、同様の目撃証言が相次いだ。

事態を重く見たアメリカ空軍が、これを「UFO(unidentified flying object:未確認飛行物体)」と名付け、調査に乗り出したが、正体はつかめなかった。結局、1969年(昭和44年)にUFOは「車のサーチライトの誤認や目の錯覚の類」との調査報告を出した。

なお、「科学的に説明できない正体不明の飛行物体」を意味する「UFO」という語は、現在の日本では「ユーフォー」という読み方が一般的であるが、英語では「ユー・エフ・オー」と読まれる。

関連する記念日として、この「UFOの日」に由来して同日は「UFOキャッチャーの日」となっている。また、1975年(昭和50年)2月23日に山梨県甲府市のぶどう畑に未確認飛行物体(UFO)が着陸した日に由来して、2月23日は「甲府UFOの日」となっている。

 

だそうです。

 

 

 

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1945年(昭和20年)のこの日、アメリカ軍の沖縄本島上陸によって4月1日に本格的に開始された太平洋戦争の沖縄戦が終結した。

沖縄守備隊による80日余の激戦の末、この日6月23日に守備隊の司令官・牛島満(うしじま みつる、1887~1945年)大将らが自決して日本軍の組織的戦闘は終わった。住民を中心におよそ20万人もの犠牲者を出した。

沖縄戦終結のこの日を沖縄県が「慰霊の日」と決め、1961年(昭和36年)にアメリカ施政下で「住民の祝祭日」に制定した。1972年(昭和47年)の本土復帰後は日本の法律が適用となり、休日としての法的根拠を失ったが、1991年(平成3年)に沖縄県の条例で休日と定め、再び休日となった。

毎年、この日には糸満市摩文仁の平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が行われる。沖縄戦犠牲者の遺族やその子孫などが集まり、式典中の正午には黙祷が捧げられる。また、この日は沖縄県平和祈念資料館やひめゆり平和祈念資料館が入場無料となる。

平和祈念公園
平和祈念公園
平和祈念公園

関連する記念日として、降伏文書への調印が行われ、沖縄戦が公式に終結した日に由来して、9月7日は「沖縄市民平和の日」、アメリカの統治下にあった沖縄が日本に復帰した日に由来して、5月15日は「沖縄本土復帰記念日」となっている。

 

だそうです。

 

 

昨日は、本年度最後の練習会でした。

踊りの糸半会さんも 参加しての 合同練習会となりました。

 

 

 

 

 

 

 

メンバー皆さん、お疲れさんでした。

練習の成果を、本番櫓で 存分に発揮してください!

 

 

 

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公益社団法人・日本ボウリング場協会(Bowling Proprietors' Association of Japan:BPAJ)が1972年(昭和47年)に制定。

日本ボウリング場協会

1861年(文久元年)この日付の英字新聞「ザ・ナガサキ・ショッピングリスト・アンド・アドバタイザー」に、長崎出島の外国人居留地に日本初のボウリング場が開設されたと掲載されたことにちなんだもの。

当時のボウリング場は、プレーの合間に軽飲食もできるなど、外国人に人気の社交場であった。長崎市大浦町には同協会により「わが国ボウリング発祥の地」の記念碑が建てられている。

記念日は、ボウリングの魅力をより多くの人に知ってもらうことが目的で、一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。この日に割引サービスを行っているボウリング場もある。

また、日本ボウリング場協会と江崎グリコ株式会社により、毎年共催で「6.22 ボウリングの日・キャンペーン」が実施される。2023年(令和5年)は「家族ボウリングでとびっきりのベストスマイル!キャンペーン」をテーマにキャンペーンが実施され、期間中に家族で来場された小学生以下のお子様に、先着でかわいいボウリングのイラストが描かれた「トートバッグ」がプレゼントされる。

ボウリングの日・キャンペーン

日本ボウリング場協会は、1965年(昭和40年)4月に発足した団体である。東京都品川区南品川に事務局を置き、ボウリングを通して、スポーツへの参加意識を高めることなどを目的に活動している。

 

だそうです。

 

 

 

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父への感謝を表す日。英語表記は「Father's Day」。日本やアメリカでは6月の第3日曜日に祝うが、その起源は世界中で様々であり日付も異なる。

バラ
バラ
画像元:日比谷花壇

1910年(明治43年)、アメリカ・ワシントン州スポケーンのソノラ・ドット(Sonora Dodd、1882~1978年)が「母の日のように父にも感謝する日を」と提唱したのが始まりとされている。そのきっかけは、彼女が男手1つで自分を含む子供6人を育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことであった。

1916年(大正5年)、アメリカ第28代大統領ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson、1856~1924年)は、「父の日」の最初の祝典が行われたスポケーンを訪れて、「父の日」の演説を行い、これにより「父の日」が認知されるようになった。

1966年(昭和41年)、アメリカ第36代大統領リンドン・ジョンソン(Lyndon Johnson、1908~1973年)は、「父の日」を称賛する大統領告示を発し、6月の第3日曜日を「父の日」に定めた。1972年(昭和47年)に、アメリカでは正式に国の記念日に制定された。

「母の日」の花がカーネーションなのに対し、「父の日」の花はバラである。ソノラ・ドットが、「父の日」に父親の墓前に白いバラを供えたことに由来するとされている。1910年の最初の祝典の際には、キリスト教青年会(YMCA)の青年が、父を讃えるために、父が健在の人は赤いバラ、亡くなった人は白いバラを身に付けたと伝えられている。

父の日

日本では、これらの風習が伝わり、アメリカに倣って6月の第3日曜日が一般的な「父の日」となっている。この日には日頃の感謝の気持ちを込めて、父に黄色いバラやヒマワリなどの花、シャツやネクタイ、ハンカチ、ビール、日本酒などの贈り物をすることが多い。

「父の日」の日付は以下の通り。

  • 2016年6月19日(日)
  • 2017年6月18日(日)
  • 2018年6月17日(日)
  • 2019年6月16日(日)
  • 2020年6月21日(日)
  • 2021年6月20日(日)
  • 2022年6月19日(日)
  • 2023年6月18日(日)
  • 2024年6月16日(日)
  • 2025年6月15日(日)
  • 2026年6月21日(日)

 

関連する記念日として、「父の日」と同日は「モンブランの日」「イケダンの日」「父の日はうなぎの日」となっている。

また、5月の第2日曜日は「母の日」、「おとう(10)さん(3)」(お父さん)と読む語呂合わせから毎月13日は「お父さんの日」になっている。

 

だそうです。

 

 

 

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2000年(平成12年)12月に国連(United Nations:UN)がそれまでの「アフリカ難民の日」(Africa Refugee Day)を改称して制定。

国際デーの一つ。「世界難民の日」の英語表記は「World Refugee Day」。

1974年(昭和49年)のこの日、「アフリカ統一機構(OAU)難民条約」が発効した。難民の保護と援助に対する世界的な関心を高め、国連難民高等弁務官事務所(The Office of the United Nations High Commissioner for Refugees:UNHCR)をはじめとする国連機関や非政府組織(NGO)などによる活動への理解をさらに深める日としている。この日を中心に、世界各地の難民に思いを馳せるべく、各国で様々なイベントが実施される。

世界難民の日

アフリカ統一機構について

アフリカ統一機構(Organization of African Unity:OAU)は2002年(平成14年)にアフリカ連合(African Union:AU)となり、アフリカ55ヵ国・地域が加盟し、本部はエチオピアの首都アディスアベバにある。アフリカ連合は、アフリカの一層高度な政治的・経済的統合の実現、及び紛争の予防解決への取組強化を目的としている。

難民について

難民とは、1951年(昭和26年)に国連で採択された国際条約「難民の地位に関する条約」(略称:難民条約)では、「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人々」と定義されている。

現在では、政治的な迫害のほか、武力紛争や人権侵害などを逃れるために国境を越えて他国に庇護を求めた人々を指すようになっている。 また、紛争などによって住み慣れた家を追われたが、国内に留まっているかあるいは国境を越えずに避難生活を送っている「国内避難民」も近年増加している。

 

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NPO日本朗読文化協会が2001年(平成13年)に制定。

日付は「ろう(6)ど(10)く(9)」(朗読)と読む語呂合わせから。

男女年齢を問わず、大衆に支持される芸術文化として「朗読」を普及させることが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。この日を中心として「朗読の日」のイベントが開催される。

日本朗読文化協会

日本朗読文化協会は、プロ・アマチュアを問わず「朗読」という文化活動を通じて、広く社会に貢献することを目指して設立されたNPO(特定非営利活動法人)である。チャリティー朗読会や朗読教室、朗読コンクールなど、様々な活動を行っている。

「朗読」は、声を出しながら文章を読むことを意味する。「音読」ともいうが、「朗読」には文章や詩歌の内容をくみ取り、感情を込めて読み上げるという意味合いも含まれる。また、朗読を芸術や学問、教育としてとらえる考え方もある。

 

だそうです。