しゅーかつよう
ウソはないけど手抜き

留年した理由
他人に迷惑をかけないことが大切だと考え、中学までは誰にも頼らず自分で問題を処理することに努力していた。そして、中学までは勉強もほぼ完全に理解することができた。たとえば数学の公式の適用よりもその公式の導かれ方に興味をもつというように、ひとつひとつ成り立ちや理由を理解して答えを導き出すまでの過程を楽しんでいた。
しかし、それには時間がかかる。中学まではよかったが、高校になるとすべての科目でそのやり方をしていると授業に追い付かないし、課題が提出期限に間に合わなくなる。考えずに機械的にただ答えを書き、提出することもできた。実際、期限までに提出するにはそうするしかなかったが、その途端、勉強が楽しくなくなり、なんのために勉強をしているのだろうか、と無力感にさいなまれた。これまで勉強を楽しんでいた私は、勉強が無意味に思えたとき、ほかにこれといった趣味もなかったので、生きていること自体を何のために、と考えるようになった。
そんなとき、担任と出会い、人に頼ってもいいのだと思わされた。迷惑をかけてはいけないと思っていた私は、他者に頼ることもしなかった。けれど、担任と向き合ううちに、他者とともに生きていることを感じるようになり、他者と交流をしているときに、じぶんが、「今わたしは生きてる!」と感じていることに気付いた。
「生きてる」と感じてはいても「なぜ生き続けるのか」はわからないまま大学に通い始めた。一ヶ月後、先輩が自死により亡くなった。悔しさや怒りや虚無感が沸き起こり、日常生活が陳腐に見えてきた。それからなぜ生きるのか、自分は生き続けるのか、を真剣に、リアリティーをもって自分が納得できるまで考え続けた。
周りが就職活動を始めても、わたしには働く理由が、生き続ける意味がつかめてなかったので、周りがするから、3年だから、という理由で職業をさがすというステップには立てなかった。だから私は留年した。
そして留年した1年のあいだに学童やボランティアで子どもたちと関わり、友人ができ、悩み、考え、「じぶん」を感じる時間を得た。
確かに、確固としたやりたい事があり、留年したわけではないので「なんとなく」かもしれない。しかしその「なんとなく」の時間がわたしには必要であったし、すべての行為が目的を持たないといけないとも思わない。
「無駄を省いて効率的に」というのはビジネスのいろはかもしれないけれど、社会や人間は必ずしもそうじゃない。ムダから、迂回した道から、ゆとりから、何かが生まれる。 
予想できなかった何かが生まれるからこそ世の中は面白くなる。そんな世の中、社会、人生の「面白さ」に協力できる仕事と生き方がしたい。
留年はその実験のひとつ。