lightning-3さんのブログから
「指揮官たちの特攻」本読みました。
著者、城山三郎
なぜこのような、特攻などという
残酷な戦法を思いついた人間がいるのか。

本の著者自身も、志願して海軍に配属され、終戦を迎えられたお一人です。

主に2人の人物にスポットが当てられています。
ひとりは、最初の神風特別攻撃隊員
最初に特攻を行った、関行男さん
体調を崩しているなか、夜呼び出され
特攻を命じられた。

もうひとりは、
いわば最後の神風特別攻撃隊員
中津留達雄さん。
なんと、終戦の玉音放送が終わった後
戦争が集結したにも関わらず、上司の
命令で、最後に飛び立った方。

終戦からもう100年近い時が経ったいま
忘れ去られようとしているかの特攻隊
誰しも、死にたかった人はいやしない。
命令によって、自分の感情を殺して
国のためと、散っていったのです。

お二人の性格の違いはあれど、
年齢はわずか二人とも23才。
指揮官として
兵卒の指導をしていた2人とも
優秀なパイロット。
2人ともが、結婚をしたところ、
これから、というときに特攻を
命じられたのです。

部下にも厳しく、頑とした信念の持ち主
関行男さん
温かい人柄で、誰にへつらう事無く、
周囲に好かれた中津留達雄さん
お二人とも優秀な方でした。

なかなか私は読みにくい分野の本でした
でも、知っておくべき事実であると
心から思いました。

また、関行男さんについては
私の郷土の出身で、
慰霊碑等立っていること位は知っていましたが、政治的な観点から公の資金は投入されず、民間人によって運営されているとのこと。
記念碑、資料館の運営、慰霊祭等。館長さんは、私はけっして右ではありません。しかし、国のため尽くしてくださった方をむげには出来ない。と。
慰霊碑のよこに、
「関さんには墓を参る子孫はいません。
一輪の花を手向けて下さい」
とあります。



全国各地に、慰霊の行事を行ってきた
場所があるそうですが、
語り継がれる事が出来なくなり、
辞めて行く所もあるそうです。

関行男さん、中津留達雄さん
特攻で散っていった大勢の若者たち
忘れることなく。
二度と繰り返すことのないように。
鎮魂の意を込めて。