戯れ言コースター

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私が考えてることを羅列するだけの代物というありがちなやつです。所詮は戯れ言ですのであんまり本気にしても、うん…笑
よろしくど~ぞ。

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F1の問題点として様々な意見が挙げられているが、私が思う最大の問題はメディア展開だと思う。若い世代に向けて発信しようという姿勢がとられていないことが問題なのだ。

F1と言えば「セナプロ」。そう思って疑わない人は今でも多いように思う。しかしこれが問題なのだ。ファンジオやクラークの名前を聞けば、あぁ私がF1に触れる前にはそんな伝説がいたのだなぁ、と皆思う。セナプロももうその領域の人物たちであると皆理解しなくてはならないし、本来そうなっていなくてはいけない。
今の二十歳前後やそれ以下のファンにとっての伝説は「シューマッハ、アロンソ、ハミルトン、ベッテル」なのだ。なのに日本において見れば、「マクラーレン・ホンダとセナプロ」の栄光を未だネチネチ引きずっている。これは鈴鹿やフジの責任でもあるが、若い層に向けた発信が不十分だった結果でもあると思う。少なくとも老害が「セナプロの頃が~」と言うことなく、「ミハエルとアロンソの頃が~」と言っていないのは1つの証拠だ。

更にはマシンに対する文句だ。美術的価値観というものは時代とともに微妙に変化していくものであると思うし、過去というものはやはり美化される。そのせいで09年以降のマシンは不当な非難を受けていると感じている。トヨタやウィリアムズなんかははっきり言って前年よりもかっこいいと私は思っているし、11年に初めてF1を見て、あの形状のマシンをかっこ悪いなどとは微塵も思わなかった。かっこいいと思ったのだ。それは過去のマシンを見てもぶれることなどなかったし、私の友人もかっこいいと言っていた。ここで新規ファンを取り入れることに力をある程度注いでいれば私のように今を好きであり、過去を美化するファンとのバランスもとれるというのにそれを怠ってしまった。これは偉大なるF1の神、バーニー・エクレストンの罪にあたるだろう。14年以降に関しては本当にやっちまったと思うが、それでもメルセデスやレッドブルは非常に美しいマシンを引っ提げてきた。特にW07は08年までのマシンと比べても遜色ないどころか上回る美しさであった。しかしそれまで否定を続けてきた人達は賛成が出来ないのだ。かっこいいものをかっこいいと言えない、意地が邪魔してしまう、そしてそれをしているのが古参の老害ファンであるケースが非常に多い。

だからとにかくリバティにはF1メディア革命を期待するのだ。頼むぞ、リバティ。