先日テレビでシベリア抑留の番組が放送されていた
本人ではなく娘さんが父親から聞いたことだった
私の父も抑留されていた
余り話したく無い事だった気がする
私が短大を卒業する時
卒業式に母と神戸まで来てくれた
小中高の卒業式にも来た事無かった両親
嬉しかったのを覚えている
後から分かった事
父の戦友が加古川に居て
病気になり半身付随になった
是非会いたいと・・
私の卒業式がついでだった
一緒に抑留され生死を共にしたと
この時少しだけ話してくれた
シベリアの捕虜収容所から作業に出され
極寒の地を歩いて行ってたそうだ
作業が終わり収容所に帰る時
戦友が倒れ父は穴を掘って一晩一緒にいたと
次の朝作業に行く列に素知らぬ顔で着いて行ったと
生死を共にした戦友は掛け替えのない人
その話以外はシベリアの事は話してはくれなかった
戦友の家に泊まりお風呂も寝る時もトイレの世話もしていたと聞いた
その4年後父が亡くなった時
息子さんの車で加古川から駆けつけてくれ
涙が枯れる程泣かれて何時間も側に
家族以上に強い絆があるのだとおもった
報道でシベリア抑留の話を目にする度に
この事を思い出す
父は生きて帰れ家庭を持つことが出来
幸せだと言っていた
戦争の記憶は私にはありません
でも父の少しだけの話は私の戦争の記憶だと思う
もうすぐ終戦記念日がきます
話継がれるべき戦争の記憶
私は忘れません