4月22日、
石巻市三ツ股をローラーでまわっているとき、
庭で一人もくもくと片付けをしているお父さんがいたので
泥だしや片付けのボランティア頼めますよ、って声をかけた。
家の中には奥さんもいて、2人で話してくれた。
「実は、市にお願いしたことがあるんだけれどことわられて
70歳以上とかじゃないとボランティアは頼めないのかと思って、
2人で毎日少しずつやって、ここまで片付いたんだよ。」
ボランティア団体ごとに泥だしにも担当の地域があり、
私のいたところは、湊地区担当だった。
震災直後は、市の社協も余裕がなく、人手もたりず
手ががまわらなかったとはいえ
ボランティアを断られた、と聞いてすごく申し訳ない気持ちになった。
そのお父さん、今は出稼ぎで大分県で働いているんだけれど
震災の後、家族に会うために
情報も道も寸断された中、必死で帰ってきたんだって。
保育園に通う子どもがいる娘の旦那さんは亡くなったらしい。
片付けを手伝ってもらうボランティアを依頼する為の
ニーズ表を書いてもらうと、
それだけで2人の方の力が抜けたように、ほっとした表情をされた。
誰かに話を聞いてもらう。
現状を知ってもらう。
ニーズ表を書いてもらう。
それだけでも違う。
だからこそ、依頼されたものは早く対応してあげたい。
ちょっとしたことでどれだけ心の負担が減るか、
石巻に来てすごく感じた。
「でもね」
お母さんが言った。
「ボランティアさんに来てもらえなかったおかげで
お父さんと毎日一緒で、2人だけでずっと作業して
さらに仲が深まったけどね!」
そんなお母さんの言葉にお父さんも笑ってた。
それから、しばらく地震当日は何をしていたとか
津波が来たときはどうやって逃げたかとか
ものすごく大変なことだったのに、
2人は冗談をまじえながら明るく話してくれた。
そして、
「よくお水を汲みに栗駒へ行って温泉に泊まってくるんだけどね、
数年前、お水を汲みに行く日に
町内会の用事ができて急に行けなくなったの。
すごく残念だったけど、ちょうどその日に栗駒で地震が起きた。
(2008年6月14日 岩手・宮城内陸地震 震度6強)
もし行ってたらダメだったと思う。
守られ、生かされてるって思ったよ。今回もね・・・。
本当に感謝してるよ。」
2人は穏やかな表情で語ってくれた。
お母さんは実は子宮ガン。
そして、狭心症で高血圧。
先日も、血圧が急激に高くなって体調が悪くなってしまい
今もよくないんだって。。。
そんなことを教えてくれながらも
最後は「病気のデパートよ~」ってやっぱり笑い話にしてくれるお母さん。
お父さんがそんなお母さんを気遣って
明日から一泊で温泉につれて行ってあげるんだって。
少しでも休ませてあげたいからって。
帰りがけ、
お母さんが奥の部屋から、私にあげるって持ってきてくれたもの。
「娘たちは使わないし、よかったらもらって。」
それは、地震で割れたり、津波で流されることもなく
家に残っていたシャネルの香水。
海水に浸かった香水の箱は
1ヶ月以上たったその時もしっとりと濡れていた。
今は大分県で働いているお父さん。
その前は、船で海外をまわっていたらしい。
その時、お土産にお母さんの好きな香水をいつも買ってきてくれたんだって。
2人の幸せな思い出。
こんな時に、物を逆にいただいちゃってすごく申し訳ないけれど
2人の思い出と香りとやさしさをありがたくいただいた。。。
私は行けなかったけど
週明け、依頼された毛布と食料を届けに行った子が
お母さんが私に会いたがってたって教えてくれた。
その日で、私は石巻を去ったので
会えずじまいだけど、絶対にまた会いに行こう。
お母さんの体調がよくなりますように。
これからも2人が笑顔で過ごしていけますように。
