ある町の入り口に一人の老人が座っていた。
そこに、よその町から一人の若者がやって来た。
若者は老人に尋ねた。
『この町はどんな町ですか?どんな人たちが住んでいますか?』
老人『君はどんな町からやって来たのかね?』
若者『僕がいた町は、利己的で悪賢い人が多かった。安心して住めない、嫌な町でした。』
老人『この町も同じようなものじゃよ。』
若者は町へ入って行った。
そして間もなく、老人が言った通りの町であることを知った。
しばらくして、別の若者がやって来て 老人に尋ねた。
『この町はどんな町ですか?どんな人たちが住んでいますか?』
老人『君はどんな町からやって来たのかね?』
若者『僕がいた町は、やさしくて親切な人が多かった。とても住みやすい、素敵な町でした。』
老人『この町も同じようなものじゃよ。』
若者は町へ入って行った。
そして間もなく、老人が言った通りの町であることを知った。
*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*
方丈記の中にもありますが
『それ、三界は、ただ心ひとつなり』
『人間の世界は、ただ心の持ち方ひとつで、どのようにも変わる』
本当にそうですよね
私たちはものごとを
ありのままには 見ていなくて
ものごとに自分が意味付けして見ているのですよね。
つまり
ものごとに自分の心を投影して その投影を見ているのです。
例えば
私たち人間には『美』を感じる心がありますが
それは花を見て『美しい
』と感動する 心の中にある『美』を投影して『美しい』と感じてるのだそうです。
そう言われると
ものごとに追われていたり
終着心に囚われていたり
競争心や闘争心で心がいっぱいになっているときは
花の美しさに気づかず 通りすぎてしまうこともありますね
そんなときは
自分の心の中に『美しい花』が存在しないのと同じです
物質的なものでは心の安らぎは求められないし、また一時的です。
しあわせを外的な条件に求めず
自分の心を豊かに耕して
今あるしあわせを見つける力をつけたいなと思ったお話です
今日のお陰様
キレイな朝焼けを見れたことに感謝
ありがとうございます.。o○
Android携帯からの投稿
そこに、よその町から一人の若者がやって来た。
若者は老人に尋ねた。
『この町はどんな町ですか?どんな人たちが住んでいますか?』
老人『君はどんな町からやって来たのかね?』
若者『僕がいた町は、利己的で悪賢い人が多かった。安心して住めない、嫌な町でした。』
老人『この町も同じようなものじゃよ。』
若者は町へ入って行った。
そして間もなく、老人が言った通りの町であることを知った。
しばらくして、別の若者がやって来て 老人に尋ねた。
『この町はどんな町ですか?どんな人たちが住んでいますか?』
老人『君はどんな町からやって来たのかね?』
若者『僕がいた町は、やさしくて親切な人が多かった。とても住みやすい、素敵な町でした。』
老人『この町も同じようなものじゃよ。』
若者は町へ入って行った。
そして間もなく、老人が言った通りの町であることを知った。
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方丈記の中にもありますが
『それ、三界は、ただ心ひとつなり』
『人間の世界は、ただ心の持ち方ひとつで、どのようにも変わる』
本当にそうですよね

私たちはものごとを
ありのままには 見ていなくて
ものごとに自分が意味付けして見ているのですよね。
つまり
ものごとに自分の心を投影して その投影を見ているのです。
例えば
私たち人間には『美』を感じる心がありますが
それは花を見て『美しい
』と感動する 心の中にある『美』を投影して『美しい』と感じてるのだそうです。そう言われると
ものごとに追われていたり
終着心に囚われていたり
競争心や闘争心で心がいっぱいになっているときは
花の美しさに気づかず 通りすぎてしまうこともありますね

そんなときは
自分の心の中に『美しい花』が存在しないのと同じです

物質的なものでは心の安らぎは求められないし、また一時的です。
しあわせを外的な条件に求めず
自分の心を豊かに耕して
今あるしあわせを見つける力をつけたいなと思ったお話です

今日のお陰様

キレイな朝焼けを見れたことに感謝
ありがとうございます.。o○
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