戦友と馬と ② | 敷島の大和心のブログ

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荒木少尉は自分の背嚢の上に松村少尉の背嚢を重ねて背負い、首を前に突き出すようにして歯を喰いしばりながら歩いていたのであった。
「いや、心配するな、朝方、ちょっと、駄馬のほうで積み替えがあったもんだから、しばらくこうしていたんだ」
恐縮している松村少尉に向かって何事もない調子で言い、かえって、松村少尉の体調を案じてくれるのであった。
しかし、その後、私は、荒木少尉は一晩中、二人分の背嚢を背負って歩き続けていたことを知った。
その時は駄馬といえども、それなりに過重なほどの荷を負わせており、日頃、人一倍愛馬心の強い荒木少尉としては、わずかな荷といえども積み増すのに忍びがたかったのである。
そして、その結果は、彼は松村少尉に対する戦友愛と、駄馬にもかけた、やさしい愛馬心のはさみうちとなり、遂に、二人分の重量を一晩中背負うことになってしまったのであった。
「松村少尉には、絶対黙っておいて下さい」と彼は私に重ねがさね念を押すのである。
彼 荒木少尉はそんな男であった。
そんな荒木少尉も、松村少尉も既にこの世にいない。(昭和十六年夏、南支作戦において。 その後、松村少尉はマレー半島で、荒木少尉はビルマ、フーコンで戦死した。) (敵・戦友・人間 栄光なき戦いの果てに 井上 咸)