この時期、プロ野球選手の引退試合が行われることが多い。
「平成の怪物」と呼ばれた松坂大輔投手も、現役に幕を下ろした。
「永久欠番」という言葉がある。プロスポーツの世界で、現役時代に多大な功績を残した選手が背負っていた番号を末永く称えるために、チーム内で対象となった選手のみが使用できるようにしたのが「永久欠番」である。
中島みゆきの楽曲の中に、「永久欠番」という曲がある。
1991年にリリースされたアルバム「歌でしか言えない」に収録されているが、認知度は低いと思う。アルバム以外では、コンサートで1度だけ歌った、という記録が残っているだけで、アルバムで聴くしかない。
この曲の背景には、中島みゆきがライフワークとしている「夜会」のスタッフの一人が亡くなったことがあると言われている。また、2001年度から「永久欠番」という詩は、中学校の国語の教科書「新しい国語3」で、国語教育の題材となっているらしい。
中島みゆき「永久欠番」 作詞・作曲/中島みゆき
どんな立場のひとであろうと
いつかはこの世におさらばかる
たしかに順序にルールはあるけれど
ルールには必ず反則もある
街は回ってゆく 人ひとり消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
100年前も100年後も 私がいないことでは同じ゛
同じことなのに 生きていたことが帳消しになるすと思えば淋しい
街は回ってゆく 人ひとり消えた日も
何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
かけがえのないものなどいないと風は吹く
どんな記念碑メモリアルも 雨風にけずられて崩れ
人は忘れられて 代わりなどいくらでもあるだろう
だれか思い出すだろうか ここに生きてた私を
100億の人々が 忘れても見捨てても
宇宙(そらの)の掌の中 人は永久欠番
宇宙(そらの)の掌の中 人は永久欠番
この『永久欠番』は、仏教の根本的な考え方のひとつ「諸行無常」をテーマにしている詩だと解釈されているようだ。
中島みゆきの詩には、仏教から来る言葉の詩が多いように思う。『永久欠番』もそうだし、名曲・『時代』も「諸行無常」であり「輪廻転生」という仏教的要素を含んでいると思う。中島みゆきの600曲余りの作品の中に、仏教に関する言葉が含まれいる詩は以外と多いかもしれない。
『永久欠番』にどのようなテーマを託したか、それを推し測ることは無意味なような気がする。むしろ、受け手側がどのように感じ、そして解釈するかの方が大事であり、人それぞれ自由であっていい。
詩、あるいは小説は作品として公になった時、作者の手元を離れ、受け手側の自由な解釈に委ねられる宿命にある。
「平成の怪物」と呼ばれた松坂大輔投手の引退試合があった夜、私は中島みゆきの『永久欠番』を聴いた。