ほめ達!西村貴好オフィシャルブログ

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世の中を明るくし、真に豊かな社会を実現する日本ほめる達人協会 理事長 西村貴好のブログです。



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このブログを書き始めるのに、

1時間近くかかりました。

 

パソコンを開き、アメブロの「ブログを書く」というページを

立ち上げ、さぁタイトルから・・・。

そこから1時間近く、パソコンのカーソルの点滅とにらめっこ。

 

このブログは、Weblog、ウェブ上の日記と決めて、

いい格好して、良いこと書こうとか、為になることを書くことをしなくていいのだと、自分に言い聞かせているのですが、

やはり、良い格好しいの性根が抜けません。

肩に力が入って、毎回、カチコチになってしまいます。

 

昨年の5月13日からは、Facebookライブの配信も

毎日1時間行っているので、そちらのネタ出しも

日々、絞り出すように、捻り出しています。

ライブ配信は、双方向性なので、テーマと内容を

うまく設定しないと、1時間の配信が永遠のように感じることになります。

逆にテーマと内容がピタッとハマると1時間があっという間、

時間を延長してライブ配信を行うこともあります。

 

ブログの書き始めるまでの時間も

ライブ配信のテーマを決めるまでの時間も、

自分自身に対する禅問答の時間のようです。

答えのない答えを探し続ける時間。

 

始まってしまえば、楽しく、楽しい時間なのですが、

準備する時間が、修行です。

毎日、この修行を続けることで、なにがしらの成長がある、

そう信じています。

 

これからも、「3年先の稽古」続けていきます。

 

感謝!

在り難い!・・・本当の意味は、It's a  miracle!

今日は、かねてよりの妻との約束で、

自宅の納戸の整理をしました。

三畳ほどの納戸には、この10年の間に色々なものが

詰め込まれ、通路が塞がれてしまったため、

奥にあるものがまったく取り出せない、そのため整理整頓できず、入り口に近いものだけしか取り出せず、奥にどのようなものがあるのか、よく分からない状態になっていました。

 

ぼんやりと、使っていない昔のスキーの板が見えたり、

私の学生時代のアメフトも防具も、埃をかぶって、鎮座しています。アフリカ土産の不思議な太鼓も。

 

今日、大胆にそれらを外に出し、必要なもの、残しておくものと、処分するものに仕分けをしました。

私と妻が取り出し、仕分けて処分などを決める、次女は粗大ゴミの申込み担当でした。

粗大ゴミのどの分野になるのか(ゴミの種類で料金が変わるので)調べるのが結構楽しそうでした。

 

そして、奥の方から、どんどん出てきたのが、

昔の写真たちです。

これほどあったのか!というほど子どもたちの

写真が出てきます。

もう、この写真エリアの箱が開かれた瞬間から、

作業のスピードが一気に下がります。

というか、終了!でした。

 

「うぁー、この写真みて!」

「この写真も凄いで!」

「あー、この時のこと覚えてるわ!」

「パパ、この時、髭なかったんや」

 

納戸の奥から、幸せのカケラたちがどんどん発掘されていきます。

幸せな時間です。

 

うちの納戸は、幸せのカケラを詰め込んだタイムカプセル。

その中に入ると、ちょっとしたタイムトラベルもできます。

 

最近の写真は、デジタルで保存しているので、

嵩張らないのですが、素敵な再会を果たすには、

逆にひと手間かかるかもしれませんね。

 

いやぁ、素敵な時間でした。

 

今日のブログ、それらの写真をまた付け足して、

アップし直してみようかな。

 

なぜだか分からないのですが、

幼少期から小学校まで私の心の中のほとんどは、

この思いでした「人気者になりたい!」。

 

関西での人気者の基準は「面白いこと」そして、

男の子では「いかついこと」でした。

いかついというのは、表現としては、ちょっと違うかもしれません。「ヤンキー」「すごみ」「怒らせたら怖い」こんな感じでしょうか。

 

怖い人が人気があるというのもの、不思議な感じなのですが、

人の関心を惹くということでしょうか。

 

そして、私は、いまだに自覚症状があるのですが、

「人気者になりたい」という気持ちが強かったのです。

いかつさでは、勝負できないので、

もっぱら、面白いこと枠で勝負をしていた記憶があります。

今からから思うと哀しいぐらい空回りしていました。

想い返すたびに胸がキュンと苦しくなります。

自分でその時の自分を慰めてあげたくなります。

 

人気者になりたくて、ただ、その思いだけ。

哀しいぐらいシンプルな思い。

 

よく考えてみると、

今も、その思いは変わっていないのだと思います。

 

いい人だと思われたくて、

いい人になりたくて、

ただその思いだけで、毎日を過ごしている。

ただ、今は、自覚できている、

そのことがありがたい。

 

自覚できているだけで、

何かが大きく違うのです。

 

この気づきに感謝です。

感謝!

在り難い!・・・本当の意味は、It's a  miracle!

子どもは、大人の進化したカタチである。

私の持論です。

 

当然、子どもが1人で生きていくことは、

十数歳になるまで出来ないかもしれない。

ただ、いつまでも養育が必要な存在ではなく、

むしろ、未来へ進む道を教えてくれる、見倣うべき存在である。

私は、そう考えています。

尊敬し、対等以上の姿勢で接すると、

相手も同様の態度を示してくれるようになる。

相互尊敬の関係になる。

ここ数年、そのことを実感しています。

 

子どもをコントロールしたいと思ってしまう、

それも、無意識のうちに。

もしかすると、自分に対する自信の無さだったのかもしれない。

自分に対する信頼が欠けていたのかもしれません。

 

そんな考えが頭に浮かぶようになった。

少しは成長できたのでしょうか。

 

後世恐るべし。

 

子どもたちが、私のライバル。

子どもたちに負けない成長の為に、

これからも、挑戦を続けていきます。

 

手強いライバル達の存在に、

心から感謝!

感謝!

在り難い!・・・本当の意味は、It's a  miracle!

シンプルだけれども、

とっても大きな問い。

 

それは、

「自分には、何が出来るだろうか?」

 

自分は、誰のどんな役に立つのだろうか。

この問いに対して、明確な答えを持ち、

そして、日々、その実感を得ている人、このような人を、

充実した人生を生きている人というのではないでしょうか。

あるいは、幸せな人生を生きている人なのでしょう。

周りからみていると、

大変な人生、まわり道であったり、イバラの道を進んでる、

だけれども、本人はケロっとしている。

 

人は弱いもの、生まれるまでも、

生まれてからも、1人では生きられない。

ただ、人生のある時期、あとから考えると、ほんの短い時間、

自分で自分の人生をすべてコントロール出来ると勘違いして、

さらに自分に関わる人の人生すらも、

自分が良い方にコントロールすることが出来ると思い込む。

 

その結果、最後まで上手くいく人もたくさんいらっしゃいます。

それも、また良し、です。

 

私は、自分の弱さや、足りないところを見つけ、

助けてもらうという生き方を選択しました。

 

そして、助けていただきながら、

自分は、誰の、どんな役に立てるのだろと探し続けています。

 

ほんの少しでも良いから、

誰かのお役に立てますように。

 

感謝!

在り難い!・・・本当の意味は、It's a  miracle!