暖かい仕事部屋から、はらはらと舞う雪を見ていると、
まだ小さな子どもだった頃の公園の砂場を思い出した。
少し太い木で四角く枠取りされた砂場には他にも何人か思い思いに遊んでいて、
ふたりで声をかけあいながらプラスチックのシャベルで穴を掘る音や、
ひとりで黙々と小山を作り、その山肌が崩れないようにスコップで叩く音が聞こえる。
空いているスペースに足を踏み入れ、、しゃがみ込んでおもむろに砂に手を埋める。
そしてその手ですくい上げた砂が指の間からこぼれ落ちる感覚を楽しんだ後、
釜倉を作ろうとして、素手でかき集め、無心で遊んでいるうちに、
寒くてかじかんでいた手は、次第に燃えるように熱くなってくる。
釜倉の穴を開けようとしても釜ごと崩れてしまうので、
水場を何度も往復して砂を湿らせてやっと小さな釜倉を作ることができた。
砂場から家に帰る道、靴の中に知らぬ間に入ってしまった大量の砂で歩きにくい。
靴を脱いで砂を掻きだし、ついでに服についた砂を払う間の素足のアスファルトは冷たくて気持ちいい。
翌日には崩れているだろう砂の釜倉・・・。
そんな回想から我に返り、仕事を再開すると、作業がはかどるから不思議だ。
回想の中に、その作業に必要なリソースが含まれていたのだろう。
西尾心理カウンセリング 西尾