話すのを忘れたみたいに

ずーっと食べ続けていた。

スイーツの追加注文はするのだから

話すことを忘れた訳ではなく

正しくは話の続きを話したくないから 

口の食べる方の機能を使い続けているのだった。

仕方がないからあつこも黙って

抹茶パフェを食べる。

おぜんざいも。

ほうじ茶のシフォンケーキも。

高木さんに化けたたぬきの母さんの

前に並んだ器から

最後のプリンが消えて

再びあつこが尋ねた。

「それで?」

「信じてもらえるか、分からないんですけど…」

「たぬきの母さんと私の間で今さら

信じるも信じないもないでしょう」

確かにそうだった。

化けたたぬきと話してるんだから。

「宇治の茶畑に住むようになって

お茶を育てたり研究する人を真近にして

毎日のようにお茶淹れている姿に

私も上手になりたいと思って

ずっとずっと練習していたんです。

するとある日、夢に宗旦狐が出て来て

〝わたしはおまえの先祖である。

あと少し

練習を積めば

姿を変えることが出来るぞ。

やっとわたしの遺伝子が表に出る日が来た〟

と話して消えたんですよ」

あつこは目をパチパチした。

たぬきの母さんはタヌキ。

宗旦狐はキツネ。

タヌキとキツネは別の生き物。

体型、毛色…

目の前のタヌキの母さんにキツネの要素はゼロ。

「言いたいことは分かります」

たぬきの母さんは

食べ物を咀嚼するみたいに

今聞いたことを理解するために

目をしばたたかせ続けるあつこの顔を見た。

「また、ウィキペディアの続きになるんですけど

時は流れて幕末。

宗旦狐は雲水に化けて相国寺で勉強をしていた。

他の雲水たちと共に座禅を組み、

托鉢に回り、

時には寺の財政難を建て直すべく力を尽くした。

門前の家で碁を打つこともあった。

碁に熱中するあまり、

狐の尻尾を出してしまうこともあったが、

人々は狐の正体を知りつつも付き合っていた。

ある年の盆。

門前の豆腐屋が

資金難から倒産寸前に陥っていた。

宗旦狐は蓮の葉をたくさん集めて来て、

それを売って金に換えて大豆を買うよう勧めた。

豆腐屋はそのお陰で店を建て直すことができた。

お礼をしようと考えた豆腐屋は、

狐の大好物である鼠の天婦羅を作って

宗旦狐に贈った。

しかし宗旦狐は、

それを食べると神通力が失われる

といって遠慮した。

とはいうものの目は大好物に釘付けで、

つい我慢できずにそれを食べてしまった。

途端に宗旦狐はもとの狐の姿に戻り、

それを見た近所の犬たちが激しく吼え始めた。

狐は咄嗟に藪の中に逃げ込んだが、

慌てたために井戸に落ち、命を落としてしまった

(別説では猟師に鉄砲で撃たれた、または自ら死期を悟って別れの茶会を開いたともいう)〟

この逃げ込んだ藪に実は

たぬきの方のご先祖さまがいたんです。

化ける練習中の。

よりによって狐に化たたぬきが。

で、介抱している間に…」

たぬきの母さんは目配せした。

「神通力は消えたんじゃなかったの?」

「吐いたらしいです。で、死んではいなくて

稲荷山のキツネの助けを得て

その神通力で

あつこさんの家の近くの公園の奥に

ちょっと訳ありというか

違う力を備えた動物の住める

森を作ったようですよ」

「あ、あなたたちと初めて会ったあの公園ね!」

宗旦狐。

ただの昔話だと思っていたのだけれど

なんと、こんな風に繋がっていたのだった。

「でも子孫の中にはなかなかお茶好きなものが

現れなくて。器作りに走ったり、和菓子だったり

ひたすら化ける練習しているだけだったり。

やっとわたしなのだそうです」

「そうだったんだ」

感心した。

「逆に私はなんでお茶が好きなんだろう⁇と

悩んだりもしたから、分かって安心しました。

だからもっと精進しようと思います」

「私もがんばる」 

そして

たぬきの母さんからお茶の葉のお土産をもらい

駅前で別れた。

たぬきの母さんの思いに触れて

あつこは思わず言ってしまったけれど

さて、何をがんばるんだろうか。


〜たぬきの茶ムリエ

おしまい〜