楽しかったり

幸せに浸ったりの素敵な想い出は
いつまでも光を放ち続ける。

辛かったり
悔しかったり
苦しかった出来事は
自分を作り上げる必要な要素になる
貴重な体験であったとは後々思う。

でも負の体験が光を放つなどとは
想像も出来なかった。

角田光代さんの『それもまたちいさな光』
の最後に

たのしくてうれしいことばかりではない、つらいことやかなしいこと退屈なことむかつくこと、いろんなことがあると思いますが、どれもたいせつな記憶になるのだと思います。そしてどんな記憶も、のちにちいさな光を放つのだと思います。

とあった。

大切な記憶になるところまでは理解できるが
苦しい記憶が光を放つところまで
まだ行けていない私には

今もそれらは
心躍る想い出とは
全く別のブラックボックスに入っていて
深海に沈めるが如くの状態になっている。

混ざることは決してないのだけれど…


もしかしたら負の体験がその人の宝物になると言われるのと同じなのかもしれないとうっすらと思った。

わざわざ引き出して来たくはないのだけれど、
光を放てるのなら放たたせてあげたい。

それがどんな輝きなのかを見てみたい。
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そう思った冬の始まりの日曜の夕方。