選択肢もなかった、爽やかな青地に小花柄の新しい通帳と通帳ケース、書類の控えを鞄にしまい、両替の用紙と諭吉さま御一行をカウンターに置くと
「新券に交換をお願いします。」と真由美は言った。
愛想よく受け取ったものの用紙を見て窓口嬢の顔に力が入った。さっきの様子といい実に分かり易いお嬢さんだ。
「申し訳ございませんが、一万円札は10枚までと上限がございまして…」
思いもよらない言葉が返ってきた。
お年玉用の需要のある年末ではない。
一月も終わりの週でどうしてそんな規制があるのだろうか。
「なんとかなりませんか?」
間髪入れずに尋ねていた。

真由美の声なのに自分が発したとは思えず周りをキョロキョロ見回した。
「日を分けていただいたら大丈夫なんですが…」
「今日しかこられないんです。」
仕事場ではいつも相手から言われている台詞だ。キャパシティいっぱいになってあふれたのか、まさか自分が使うとは。
返事も相槌もないので更に続けた。
「大学生の子供の下宿代なんですが大家さんが変わるので手渡しなんです。最初だから新券でお渡ししたくて…」

窓口嬢は無言で後方の上司席に向かった。
ねずみ色のスーツの男性がこちらをチラ見した。軽く会釈をした効果があった訳ではないだろうが、戻って来た窓口嬢は
「そういうことなら今回だけご用意します。もう暫くお待ち下さい。」と微笑んでくれた。

若草色の長椅子に腰掛けて真由美は考えていた。私は今クレーマーだったのだろうか?
いや、こちらの事情を伝えただけだ。
対応が上司に代わったなら窓口嬢を困らせてしまったのかもしれないが、要望を受け入れて貰えたのは許容範囲だったのだろう。本当に無理だったり駄目ならそういうだろうし。
今までの自分なら10枚までと言われた時点で引き下がっていたはずだが、
日々理不尽な面々とやり合う中で少しだけ性格が強くなったのをこんな形で実感するとは。

「57番でお待ちのお客様。」

何事も無かったかのように差し出されたトレーの上の新券を手に
「無理を聞いて頂いてありがとうございました。」と軽く頭を下げて銀行を後にした。



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