『日常』①

自転車に乗っていると、京都の底冷えが凍ったかのような空気を受けて顔が痛かったここ数日を過ぎ、
家にいるとはいえ、ベランダで洗濯物を干す真由美の頬には、
微かな和らぎを含んだ心地よい日が差している。

「お母さん、今日仕事?」

学校の制服に着替えた息子が、
黒のロングマフラーを巻きながら声をかけてきた。

「いや、今日は休み」
「ほな、口座作ってきてくれる?」
「分かった。そのつもりやし。保険証出しといて」
「机に置いとくわ。ほな、行ってきます」

中身は全て外の風に吹かれている空の洗濯カゴ二つを重ねて階段を降りる。
洗面台の下の扉には案の定ドライヤーのコードが挟まっていて、
それを入れ直すのも真由美の日課だった。

学校帰りに、接客もする飲食店でのアルバイトを始めた息子は
「8割使っていいけど1割は寄付1割は貯金しなさい」
との真由美の言葉を真に受け
〝貯める用〟の通帳を作る事にしたのだ。

本人の保険証、私の免許証、印鑑…

あっと、キャッシュカードの暗証番号は何か希望があるのだろうか?

真由美は慌てて息子にLINEをした。
程なく四桁の数字が返ってきた。

それとは別にもう一つ大切な用事があった。
近いうちに新しい下宿に移る大学生の娘の家賃だ。
最初は三ヶ月分を手渡しだと聞いたので、
幼い頃から他人様に渡すお札は新券を用意していた母に習い、
真由美も何かの折にはずっとそうしてきたから、
今日ついでに新券に交換しようと思っていた。