毎朝、このブログを書いて、Voicy(YOUTUBE)で、ビジネスの基礎についてのお話を10分した後、僕が最も力を入れているオンラインサロンの記事(約2000文字)を投稿しています。


「朝の日課の量がハンパねぇ」と話題ですが、どれもこれもエンタメビジネスに関係する内容で、次第に、それ一辺倒になってしまっている自分が気持ち悪くなってきて、「そもそも、『キングコング西野』になる、もっともっと前の僕は、どんなだっけ?」と気になり始め、一昨日から、『日記』をスタートさせました。

誰の為にも、何の為にもならない、ただの『日記』です。

noteというメディアで展開させてもらっているのですが、僕のアカウントをフォローしてくださった方に自動で御礼の言葉が(ランダムに)贈られるらしく、それならばプロポーズした方がいいに決まっているので、御礼の言葉を「プロポーズ」にかえさせてもらったところ、このとおり。


嫁や彼女が量産されるのはありがたいのですが、この自動返信プロポーズはジェンダーレスで、「オッサン」にも丁寧に告白を繰り返しているようです。

※西野がプロポーズしてくるアカウントはコチラ↓
ところで、一昨日noteでスタートさせた『日記』の内容ですが、こちらは昨日、今日の日記ではなく、このまま放っておくと忘れてしまう「幼少期から今日に至るまでの思い出」となっております。
日記は、僕が『キングコング西野』になる、ずっとずっと前から始まっています。

それが一体どんな内容なのか分からないのもアレだと思うので、第2話だけコピベしてみました。

読んでみて、興味が湧いたらフォローしてください。自動返信でプロポーズされます。

それでは、どうぞ↓↓



ボクは4人兄弟の3番目で、兄ちゃんと、姉ちゃんと、弟がいた。

父ちゃんは、普通のサラリーマンで、毎日電車に揺られて、朝から晩まで働いた。

母ちゃんは自分を後回しにする人で、ときどき美容室には行っていたけど、自分の服を買ったところは見たことがない。ずっと同じ服を着回していた。

近所には「ダイエー」と「イズミヤ」という二つのスーパーがあって、母ちゃんは、毎朝チラシを舐めるように見ては、「今日は、食パンをダイエーで買って、牛乳をイズミヤで買う」という毎日を繰り返していた。10円でも安い牛乳を買い求めて走らせる自転車の後ろには、ボクか、幼い弟が乗っていた。


「誕生日会」があまり好きじゃなかった。

友達の誕生日会では不二家のケーキが振舞われる中、ボクの家の誕生日会は、母ちゃんの手作りのケーキが出された。恥ずかしかったし、友達に申し訳ない気持ちになったことを覚えている。

家の床が抜けるほどの貧乏じゃないけど、裕福ではなかった。サラリーマン家庭で、子供4人を養っているのだから当然だろう。そのことには、子供の頃から気がついていた。

あれは幼稚園から小学校低学年の頃、今でもハッキリと覚えている記憶がある。

年に一度、家族で外食をした。「やましげ」という近所のステーキ屋さんだ。父ちゃんは「好きなものを食べろ」と言ったが、誕生日会があの調子だ。ボクは家計のことを考えてしまう。高いステーキなんて、とても頼めやしない。

だからといって遠慮してしまうと、父ちゃんが傷つくことはわかっていた。

幼稚園〜小学校低学年の子供に気を使われてしまうことほど、惨めなことはない。子供ながらに一生懸命考えて、「肉はあまり好きじゃなくて、野菜が好きだ」ということにして、「野菜炒め」を頼んだ。

安かったからだ。

肉は、誰かが頼んだものを少し分けてもらった。


「お年玉」も同じ調子だった。

お正月になると、大阪・吹田に住んでいる親戚の家に遊びに行って、「お年玉」をもらった。家計に余裕がないことは分かっていたから、「お年玉」はハナから母ちゃんにあげるつもりでいた。だけど、「家計が大変だから、これを使って」と言って、「お年玉」を渡してしまうと、母ちゃんが傷ついてしまう。足りない頭で一生懸命考えて、「お年玉」を母ちゃんに預けて、返してもらうことを忘れることにした。

兄弟の年齢差が、少し残酷だった。兄ちゃんとボクは5つ離れていて、ボクと弟は6つ離れていた。ボクの服は兄ちゃんの「お下がり」で、その服を弟が着るには、ボロすぎた。

弟は新しく服を買ってもらっていた。姉ちゃんは、一人娘だったので、服を買ってもらっていた。もちろん兄ちゃんは長男なので、服を買ってもらっていた。

服を買ってもらった記憶がないし、そういえば、兄弟の中で、ボクだけ自転車を買ってもらえなかった。理由は、「お下がり」で事足りたらなんだけど、家族の中でボクだけがO型(他は全員A型)だったので、「もしかして、捨て子なのかな?」と本気で疑ったこともある。

誕生日会で不二家のケーキが出てくる友達を羨んだし、洋服や自転車を買ってもらえる兄弟を羨んだ。

こうして、昔の記憶を掘り起こした時に、まず出てきたのは、この思い出なので、他者との比較が招いた「恥ずかしさ」や「嫉妬のようなもの」は、子供心に、それなりに刺さっていたんだと思う。

だけど、だからといって、親を恨んだことは無い。

今でいうところの「限られたリソースの中で」とても大切に育ててもらっていることは、子供ながらに分かっていた。誕生日ケーキを買うことはできなかったけど、毎年、欠かさず作ってくれた。


母ちゃんは、よく「腰が痛い」と言っていた。

いつだったか、その理由を婆ちゃんが教えてくれた。

赤ちゃんの頃のボクは酷く泣き虫で、起きている間、ずっと泣いていたらしい。本当に、ずっと。

母ちゃんは、父ちゃんを仕事に送り出し、兄ちゃんと姉ちゃんの世話をしながら、掃除洗濯料理をしながら、「ダイエー」と「イズミヤ」を行ったり来たりしながら、いつまでも泣き止まないボクをずっとおぶり続け、それで腰を悪くしたそうだ。ボクは、この罪をどう償おうか。

父ちゃんも、母ちゃんも、必死だった。子供4人を生み育てることで、諦めなきゃいけくなった幸せがたくさんあったと思う。今、自分のタイムスケジュールで好き勝手生きている自分が、いかに甘いかを思い知らされる。

たくさん、お金を稼いで、たくさんチヤホヤされているけど、「それが何だよ」と本気で思う。

どう考えたって、世の中の父ちゃん母ちゃんの方が偉大だし、ボクは、彼らが引き受けている数々の苦労から逃げた男なので、せめて、彼らが束の間、その羽を休められるエンターテイメントを提供しなきゃバチが当たる。

そういえば、婆ちゃんはよく「そんなことをしたら、バチが当たるから」と教えてくれたな。今日も頑張ろう。


2020年2月24日 羽田空港にて


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【西野亮廣 出演情報】

ニッポン放送開局65周年記念公演
 
◆原案:「たけしの挑戦状」
(C)TAITO CORPORATION/ビートたけし 1986 ALL RIGHTS RESERVED

◆脚本・演出:上田 誠(ヨーロッパ企画)

◆キャスト:西野亮廣 戸塚純貴 鈴木絢音(乃木坂46) 今井隆文
石田剛太(ヨーロッパ企画) 諏訪 雅(ヨーロッパ企画) 土佐和成(ヨーロッパ企画)
町田マリー 市川しんぺー 小島 聖
 
◆公演日程・会場:
<東京公演> 2020年4月9日(木)~4月19日(日) 紀伊國屋ホール
<名古屋公演> 2020年4月22日(水) 名古屋市青少年文化センター アートピア
<高知公演> 2020年4月25日(土) 高知県立県民文化ホール オレンジホール
<広島公演> 2020年4月28日(火) JMSアステールプラザ 大ホール
<大阪公演> 2020年5月2日(土) ~5月3日(日・祝) サンケイホールブリーゼ
 
◆料金:
【東京公演】一般8,500円(全席指定・税込)
【名古屋公演】一般8,500円(全席指定・税込)
【高知公演】一般7,800円 学生シート4,000円(全席指定・税込)
【広島公演】一般8,000円 学生シート5,000円(全席指定・税込)
【大阪公演】一般8,500円(全席指定・税込)
 
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