任天堂「スーパーマリオラン」の失敗の理由
任天堂の初のスマートフォン向けゲームとして注目を集めていた「スーパーマリオラン」
PokemonGOの社会現象化やAppleのイベントでの告知、スーパーマリオランの配信通知をしたユーザーが2,000万人を超えるなどのことからかなり期待されていた。
12月15日の配信開始からダウンロード数では500万ダウンロードを超え首位を得ているものの内容についてはAppSoreの評価が示す通り、期待外れであったと言わざるを得ない。
個人的には、アプリローンチ時のマリオの声と効果音にはかなりテンションがあがったが数回プレイしたが結局有料購入はしていない。
理由はいろいろ考えられるが、概して任天堂は提携相手を誤ったことが一番大きな要因だと思う。
ひと通りプレイして完全に失敗だと感じた理由は以下の通り
1.無料ダウンロード
任天堂は今回「スーパーマリオラン」を無料ダウンロードとして最初の3ステージとボスステージ20秒を無料でプレイできるようにした。
ただ、果たして配信開始通知の設定をしていた2,000万人の中に、どの程度このアプリが無料ダウンロードだと思っていただろうか?個人的には実際有料なのは知っていたが最初の数ステージが無料でプレイできるとは思っていなかった。またこういうビジネスモデルを取るとは想像していなかった。
有料アプリであったのであれば最初からダウンロードして最後までプレイすると思っていたが3ステージで考えさせられてしまったことで、ある意味「満足」してしまった。
きっと、提携相手のDeNAから
「スマホゲームはまず無料でダウンロードさせて、少しプレイさせてからアイテム購入やコイン購入でアップセルするのが鉄則です」なんてことを言われたのでないだろうか。
ただスーパーマリオランを心待ちにしていたユーザは、DeNAの今まで対象としていたユーザとは全く違うことを任天堂は忘れていたのではないだろうか。
2.ゲームシステムの変更
今回、片手でも遊べるマリオ。という触れ込みであった。実際プレイしてみるとマリオが勝手に走っていき、タイミングよくボタンを押すことでマリオがジャンプする。
ゲーム内容自体は、従来のマリオと同様にステージを進んでいくなかでコインを集めていく。
しかし、この変更にストレスが溜まるユーザが多かったのではないだろうか?
従来のマリオでは、ほぼ全ユーザが見えているはてなボックスやコインは集めていたのではないだろうか?
そのマリオの前提を強制的に任天堂はできなくしてしまった。そこにコインがあるのに、後ろにいけないので取ることができない。
ジャンプのタイミングを逃したのではてなボックスを押すことができない。
取ろうとしていると時間切れになる。
こういったことはマリオのゲームに慣れ親しんだユーザにはかなりストレスだと思う。
これも、きっとDeNAから
「スマホゲームは短時間で、簡単に楽しめるものがヒットするのでマリオをシンプルに遊べるゲームにしましょう」と助言されたに違いない。
助言に沿ってシンプルに、短時間で遊べるようにはなったが、スーパーマリオのデビューからの「ゲームの前提」が崩れてしまったのでつまらなくなってしまった。
スーパーマリオランのプロモーションビデオに見られる「走る楽しさ」は残念ながら無料プレイできる範囲ではなかった。
3.中途半端な課金へのスタンス
任天堂が長らくスマホゲームを発売していなかったことには任天堂のゲーム会社としてのプライドやこだわり、ユーザに対する配慮が相当あったんだと思う。
「無料でダウンロード、1,200円で全てプレイ可能」という課金方法は、任天堂にとって今後のスマホゲームの方向性を占う試金石だったに違いない。
任天堂としては、従来のように「売り切り型」でやりたい本音とは別に企業として「課金型」で強力な任天堂のブランドをマネタイズしていく必要もある。子供に重課金するツールとしてマリオを使いたくない思いもあったに違いない。また課金で潤うAppleやDeNAからのプレッシャーも相当なものだったはずだ。
結果として、「売り切り型」を意識して作られたゲームに「課金型」の要素を盛り込む非常に中途半端な課金システムになってしまった。無料プレイできる最後のステージについては20秒という謎の区切り。
任天堂のブランドを利用しているPokemonGOについては課金システムも概ねうまくいっているようなので中途半端なスタンスではなく、どちらかに踏み切るべきだとは思う。
PokemonGoなどの新しい形のゲームでは課金システムを導入してもいいと思う。そういった意味では任天堂が提携すべきであったのは、課金することでしか楽しめないゲームで業績をあげてきたDeNAではなく、売り切り型から出発してスマホゲームでも一定の成功を収めているスクエアエニックスのような会社がよかったのではないかと思う。
ただマリオなど任天堂のゲームに親しんだ1ユーザとしては有料でも、課金しないで楽しめる任天堂のゲームを出して欲しいと思う。
司馬遼太郎「関ヶ原」に見る会社選び
ビジネス書を辞め、歴史や小説を読むようにしている。
最近読んだ関ヶ原、上中下巻とかなりの長編小説だが非常に面白い。
内容は、史実の関ヶ原の合戦前後の西軍と東軍の物語。
豊富秀吉が亡くなるところから物語は始まり、その後徳川家康が粛々と天下を狙い、それを石田三成を中心とした勢力が阻止しようとお互い画策する。史実の通り、大義があった西軍は軍勢では優っていたものの、大量の離反者が出たために史実通り破れる。
関ヶ原の合戦では西軍優位で終始進むが、結果的には小早川秀秋の裏切りによって西軍は敗れ、三成は後日処刑となる。
驚くのは、西軍は東軍よりも多くの軍勢を持っていたが実際に戦っていたのはその3分の1程度の勢力。それでも優勢に戦は進んでいた。また大義は西軍側にあった。普通に考えれば西軍が勝って当然の戦いではあったし、秀秋一人さえ裏切らなければ関ヶ原自体も土壇場で勝っていた。
敗因は「組織」や「義」やお金などの「利」ではなく何よりも「人」であったのではないかと思う。
石田三成を恨むものの多さ。毛利輝元に将来を見えず徳川に内通する家臣たち。
これは現代の職選びでも同じではないかと思う。
入りたいと思った会社に自分の嫌いな人、尊敬できない人がいたらおそらく入社の決意は弱まるであろう。関ヶ原でいう西軍は、現代でいう、超有望な有名企業ではないだろうか。それでも多くの有力大名が西軍につかなかったのは、西軍側の人を通じて組織の未来に明るい展望が見えなかったからだろう。
徳川家康の巧みな知略が功を奏したのももちろんあるが、西軍側の幹部人材に将来が見えず東軍に自ら離反した大名は非常に多かったように思える。
現代の企業組織においても、有能な若手の離職の多い企業は「義」や「利」が原因というよりも「人」が結果的に大きな原因という点で関ヶ原の時代と通じるところがあるように思える。

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