セクハラで鬱になり命を絶った妹。 -2ページ目

セクハラで鬱になり命を絶った妹。

2013年11月、26才の妹が自ら命を絶ってしまいました。まさか自分の家族にこんな出来事が起こるとは思ってもみませんでした。妹に何があったのか、未だによく分かりません。

今日は4回目の月命日。

あっという間の4ヶ月。

3年前の今日は東日本大震災で、2万人近くの人が亡くなった。

妹が亡くなるまで、震災で家族を亡くした人がテレビに出てるのを見ても、「この人達は立ち直って頑張って凄いな」としか思わなかった。

今日見たテレビに出てた、津波で親と奥さんと子供を亡くした男の人の言葉が胸に残る。

「泣きながらでも、前に進まないといけない」

いつまで経っても悲しみ、悔しさ、辛さ、憤り、あらゆる負の感情が消える事はないのだなと。

それでも残された人は生きていかないといけない。

生きていくには、後ろばかりを見てる訳にはいかない。

前向きに生きる事が何よりの供養。

なんて、どんな形であれ大切な人を先に亡くした人は皆頭では分かってるんだろうけど、心は言う事を聞いてくれない、、、。

そんな想いが凝縮された言葉だった。
妹が自ら命を絶ってしまったのは、鬱病という病気のせいだと思っています。

普通ならなんとかなると思える事、頑張ろうと思える事が絶望としか捉えられなくなった。

妹が特に気にしていたのがお金の事。

死の10ヶ月程前、職場の飲み会の帰りに信頼していた上司にセクハラをされたらしい。

その日以来、妹は出勤出来なくなり病院で鬱病と診断された。

休職扱いで会社から給料を貰いながら資格を取ったり次の仕事を探していた。

でも、働く意欲はあっても病気のせいで新しい世界に踏み出す事が出来なかった。

そんな状況の中、彼氏と同棲を始めた事をきっかけに金銭面での焦りが更に増したのだと思います。

追い打ちをかけるように会社からは決算期を理由に退職の勧告。

退職には応じたものの、自己都合扱いになるとの事で失業保険が3ヶ月は貰えない。

そんな状況が妹を追い詰めた。

妹が命を絶った日、当日のスマホの検索履歴を見た。

死の当日も転職サイトを見ていた履歴を見つけて泣いた。

辛いのに頑張ろうとしていたんだね。

でも、無理だって悟ってしまったんだね。

借金があるわけでもないし、彼氏も結構稼いでくれてるし、当面の生活費くらいら何とでも援助できるのに、、、。

自分が消える事でしか解決出来ないと思ったのは、やっぱり病気のせいだよね。

自分自身、無職で仕事が決まらなかった時や仕事が上手くいかなかった時も多々ある。

ネットの鬱病チェックでYESが9割以上の時もあったし、15階のマンションの屋上から延々地面を見つめた頃もあった。

でも、やっぱり普通の人は家族や恋人のことを考えて思い留まる。

だから、自殺なんて病気の人にしか出来ない。

妹を鬱病にしたセクハラ上司、憎いです。
今住んでいるのは京都、実家は愛知県。

実家に帰る車の中、妹との思い出を探す。

が、たいした事が何も思い浮かばない、、、。

思えば、中学卒業と同時に実家を出たとき妹はまだ小学3年生。

妹とは一緒に過ごした時間より、離れていた時間の方が長い。

たまに実家で会うのはお盆か正月。

特に話が盛り上がる訳でも無く、実家に帰ったらいるのが当たり前の存在だった。

妹との関係が変わったのは、今の嫁と付き合い出した頃かな。

当時、愛知万博が開催されている頃、万博に行くために彼女だった嫁と妹の下宿先のマンションに泊めてもらった。

4人兄弟のうち妹以外の3人は男。

姉が出来たようで嬉しかったのか、初対面なのに嫁と仲良くしてた。

一緒に銭湯も行った。

それからは、兄と連絡をする事は無くても嫁とはメールのやりとりをしていた。

嫁が妹のマンションへ一人で遊びに行くこともあった。

セクハラがあったことも嫁を通して初めて知った。

妹が亡くなる年の6月、僕の誕生日にはメールでお祝いのメッセージをくれた。

嫁の妊娠が分かってたから、生まれてくる子供を可愛がるって約束したのに。

楽しみにしてくれてると思ってたのにな。