「 共立の1年って凄くお勉強に成ったのよ。」
「 俺も心配してたんだ。小学校の経験が無くていきなり中学から始めただろう。賭けとは思わなかったが、其れでダメなら外国留学を考えてたのさ。何しろ17歳の中学生だろう。最初から馴染めるなんて捨ててたのさ。1年後の18歳で高校卒の証書が取れれば聖心かフェーリスのどちらかが受け入れられるのではと計画してたのさ。」
「 その様な事はビュイックの運転手さんに聞いてましたのよ。もう1学期が始まってましたのに、いきなり一ツ橋通りの正門にビュイックで横付けでしょう。理事長の薫先生がお出迎えですから、馴染むも何も特別扱いでしたのよ。」
「 其うだったな。共立を進めて呉れたのは運転手なんだ。娘さんが共立の卒業生だったのだな。
1年で中学と高校を卒業するのには、徹底して別格を通すより無いとな。生徒と親しく成れば興味が先だって攻め捲くられるだろう。其れを防ぐのには生徒と親しく成らない別格扱いを通すしか無いとな。
いや、見事だったな。午前中の2時限で
さっさと早退だろう。踊りのお稽古が有るとの名目だから、共立でも黙認では無くて正規に早退を認めて居たのさ。」
「 そうでしたのね。中学1年生って12歳の子供ですから、日本舞踊の名取のお免状を持ってるプロと紹介されましたのよ。外国に行って居たので中学のお免状を頂きに通っていると成ってましたのね。
興味の目で見られてましたけど、1学期で三度クラス替えをして、二学期からは高校1年でしたのね。教室の後ろで一人ポツンとお授業に入ってましたので、一度も話し掛けられた事が無かったのですのよ。」
「 報告を聞いて俺も驚いたんだ。トラブル無しにすんなり行くとは思って居なかったのさ。柳橋が気分転換には都合が良かったのだな。それにしても適応性があれ程有るとは思わなかったのさ。」
「 皆様に助けられて居ましたのね。特に運転手さんが共立での変わり身を作って下さいましたのよ。
何しろ目が回る様な変化でしょう。中学1年を短く教えて下さって、2年に成ると此処と此処が替って来ると教えられて居ましたのよ。ですからすんなり2年・3年と進めましたの。」
「 おう、その報告は毎日受けて居たのさ。誰れよりも奴がお前に味方しただろう。奴が居なかったら共立の変わり身は出来なかっただろうな。」
「 其うでしたのよ。共立の1年を作って下さったと言うよりも、1年で中学と高校を育てて下さったのですのよ。
私がドギマギして居ても、チャンと中一・中二・中三と育てて下さったのですもの。レールを敷いて下さるので、其れに乗って育てばいいのでしたのよ。
今思うと、小学校を飛ばして中・高と進めたのは、12歳からの娘を作って下さったのが歳に似合った育ちが出来ましたのね。
あの1年が18歳の育ちを作って下さったのですのね。」
「 そうだったのさ。先ずお前の味方に成っただろう。其れに娘さんを育てたのをお前に被せたのだな。俺にも出来ないし経験が有るのは奴だけだったのさ。確かにお前が言う様に、18歳までを1年で育てたんだな。ラッキーだったと思うが、お前も良く適応したと思うのさ。」
「 共立には感謝して居ますのよ。此れが聖心と逆でしたら、ドウ転んだのか自信は有りませんのよ。
共立って、私立の中でもクラスが低い学校でしたのね。ですから上との繫がりが有りませんので却って自由な学校でしたのね。高校3年に成っても進学指導も有りませんし、生徒はのびのびと遊んで居ましたのよ。ですから在学1年で小・中・高と育つのに抵抗は無かったのですのよ。」
「 最初奴に言われたのさ。高校の3年を5年・6年掛けても卒業できない生徒も居るとな。だから学校を選べば其の逆も出来るのではと言われたのさ。
1年で中・高は無理だろうと言ったんだ。奴が言うのには無理に決まってるとな。無理を通すのには先ず本人が遣る気が有るかドウかだとな。遣る気が有るのなら後は育て方だと言ったのさ。
零点では困るが、数点が取れるのなら
後は育て方だとな。どうせ無理なんだから雑に育てれば好いとな。出来るとは思わなかったんだ。
何しろ手抜きも好いとこなのさ。高卒の証書が欲しいのだから雑でも構わないとな。将に其の通りだったのさ。もう思春期を通り越してるのだから、いい加減でも育つと言われたんだ。恐れ入ったな。育て方一つで人間は変わるのだな。」
ホントは其うとも言えませんでしたのよ。
もう17に育ってたんですもの。
頭の中は空っぽで、何でも受け入れる準備は出来てましたのね。只女の性も空でしたけど、柳橋が上手く空っぽの性を埋めて呉れましたのよ。
仮りにあの時宝塚に入れられてたら、恐らくレズに走ったでしょうね。性を育てるのも環境が大きいのですのね。