「 岩崎商事に入る前は俺もかなりのお喋りだったのさ。」

   「 判りますのよ。今でも喋らせたら何時まででも喋って居るのね。

          中途半端なお脳の人は、手振り身振りも大げさで抑え込もうとするのね。貴男のお喋りを見てますと、大事な中身は何もないのね。説得でも無いし説明しようとしてるのでも無いのね。

      聞き流して呉れって言葉を並べてるだけなんですのよ。昔は一生懸命聞き取ろうとしたんだけど、中身がないのに気が付いたのよ。

          言って見れば無駄話なのね。きっとゴミが溜り過ぎているんでしょうね。

      ですから喋り出したら全部聞き流すようにしてるのよ。」


   「 そうか、一緒に成った時はお前のお喋りが音楽に聞こえたのさ。

          待てよ、来て十日で俺の世界には無かった音楽に聞こえたのさ。女の話し方とは違ってたんだ。どちらかと言うと、ボーイソプラノの音階だったのさ。不思議なのは声だけでは無かったんだ。

          実は母上のお顔を見て、お前の先の美しさは知ってたのさ。高輪に来た時は、女なのにヘンにボーイッシュな処が見えてたのさ。

      来て三日目に、高輪のジャングルの様な森に連れ出しただろう。木漏れ日の下に咲いてた花を摘んだので、てっきり俺に呉れるのかと思ったんだ。ところが其れを手首に巻きつけただろう。

          何も喋べら無かったが、お母上との対面の事が心に残ってると思ったのさ。言葉の端に少しずつ織り込んで教えようとするのに、目はあらぬ方を向いて聴かない様にしてるのが読み取れたのさ。

     共立に入れたらまっすぐ柳橋に帰るだろう。迎えに行くと喋るわしゃべるわ、高輪に帰るまで柳橋で有ったその日の出来事を喋り捲るのさ。

     面白い話し方をする娘に思えたのさ。聞いてる内にホントの心を隠すのに、中身が何もないくだらない話をしているのに気が付いたんだ。俺の質問をはぐらかせる話なんだな。だから俺も乗って見て、商事時代には無かった肩が凝らない話に切り替えたのさ。」


   「 そうなのよ。母を待つまでは来たらコレコレを話そうと思ってたのよ。其れが来ると違う話に成っちゃうでしょう。無口な母に喋らせるのには、私の生まれるまでを聴くしか無かったのね。

          良く言われたのよ。同じ事を何回聴くのってね。其れくらいドウでも好いお話をさせてたのね。判るでしょう。ホントに立ち入ったら拙いのを知ってたから、聞き流せるお話をさせ様としてたのね。

     あの時も捨てられるのが怖いので、聞き流せるお話で時間稼ぎをしてたのよ。

     判るでしょう、高輪に帰ったら此の大男に玩具にされて殺されるか追い出されるかが怖かったのよ。其れをさせない為のお喋りだったのよ。」


   「 今だから言えるのさ。お前の心は判ってたんだ。明日の朝ビュイックが迎えに来るまで今夜を無事にやり過ごそうとしてたのがだな。

          決して聞き流しては居なかったのだぞ。チャンと聞き取っていると、全部俺に向かって喋ってるのをヒシヒシと感じたんだ。

          最初の内は俺も混乱させられたのさ。其の内に気が付いたんだ。

     俺と二人の世界を作ろうとしてたのがな。

     其うと判れば俺もお前の気持ちに合わせようとしたんだ。何とも不思議な世界だったな。

          生きてるのは二人だけだと思い込もうとしてたのさ。いや、其う仕向けられて居たんだな。傍に居る人間はオール無視なんだな。ペットも要らなければ花を飾るのも意味が無いのを思い知らされたんだ。

      毎日の24時間を、お前との世界に浸ろうとし始めたのさ。其れが今でも続いてるのさ。まったく俺が知らない二人の世界が有るのだってな。」


   「 珠樹も同じなのよ。背伸びしたり子供帰りしたりが続いてたのに、少しずつ貴男の世界と並ぶように感じて来たのよ。

          其れがハスラーローマで爆発したでしょう。夢が目の前で手に入ったんですもの。

     逃がさない様に追い掛けてたのに、レイ・ファン。カルロスで高輪の森と似たモンジュイックの森を見付けたんですのね。

     妻の御用をって、何とか出来たのはセックスだけでしょう。お食事もパルで意外にも日本に近いお味の朝ごはんに満足させられたでしょう。

          其れで油断したのと違うのよ。母には排卵と子宮外妊娠の事は教えられてたのに、妊娠のカケラも教えて貰わなかったんですのよ。

     不思議よ。貴男と手を繋いで子宮に戻るのを感じたんですのよ。そしたらヤッパリだったのね。もう、娘を捨てなくちゃ、だけかを思い知らされたあの夜だったのよ。」

      何を言いたいのかって、二人だけの8年が終わったのをね。怖い様な8年の終わりを告げられたのよ。三人の世界が始まるのをね。