「 バルセロナって世界の何処にでも有りそうな街なのね。」
「 そうよ。ったって、知ってるのはホンの此処から見えるモンジュイックの森位なのよ。見様と思えばテラスからは地中海も見えるでしょう。サグラダ・ファミリア教会の塔もハッキリ見えるでしょう。行こうと思えば地下鉄3号線のサンツ駅で5号線に乗り換えれば、サグラダ・ファミリア駅から切符売り場に繋がってるのよ。一度行ってラセン階段の観光客のおしくら饅頭に懲りたのよ。ですから観光はしたく無いの。」
弥太郎さんが取り成して下さったの。
「 商事時代も観光なんか想っても見なかったんだ。今と違って何処に行くのでも船旅だろう。切符が取れたら貨物船でも乗らなければ約束に間に合わないから、着替えも持たずに貨客船に飛び乗った事が多かったな。太平洋は世界でも穏やかな海なんだ。大西洋とは汐の色も臭いも違うだろう。スエズ運河で何週間も待つのならってインド洋から喜望峰を回った時は生きてたのが不思議だったな。
イギリス向けの西陣の反物を積んでたから其れに便乗したのさ。ところがスエズの通行料をケチって喜望峰回りに成っただろう。
下ろして呉れとも言えないから、甲板でマストより高い波を被ってヘド塗れで何とか大西洋に出たのさ。
所が地中海に入ってミラノで荷を卸したんだ。其処で更に小さな貨物船に積み替えたんだな。ママよとばかりに小型の漁船の様な貨物船に乗り換えたんだ。ジブラルタルを出たら今度は大西洋の荒波だろう。イギリスに行くのには遠くアメリカ経由で行くしか無かったのさ。確かにインド洋経由の航路は有るが、スエズを通れば二日か三日のインド洋を我慢すればドウって事は無かったのさ。スエズで何日も潰す事は出来なかったので、イギリス直行と聞いて飛び乗ったのが浅はかだったのさ。」
そうなのよ。40年も50年も前の洋行って、其れだけでも大仕事でしたのね。弥太郎さんがグチりたいのはお仕事の裏方なんですのよ。珠樹さんはお酒をシャットアウトしてるでしょう。半分日本語で珠樹さんと笑い会いながらでも、彼が聴かせたくない崩したイングリッシュの愚痴を聴くのがお役目だったのですのよ。
お二人に判る様にアメリカンで応えて挙げますのよ。
「 あら、シベリヤ鉄道も有りますでしょう。マリーも乗った事が有るのですのよ。1週間の鉄道の旅は、乗り合わせた土地のご家族との共同生活に成るんですのよ。ロシアパンを頂いたり、真っ赤なロシアビーツのスープを分けて頂くのも楽しいのですのよ。
ロシアのスープと言えばボルシチだとお考えでしょう。ドウ致しまして、土地の真っ赤な玉葱見たいな形のじゃがいものスープは、シベリヤ鉄道に乗ったから知りましたのよ。
日本にお戻りならシベリヤ鉄道をお勧めしますわ。」
だって初日の話題を繋ぐのもマリーのお仕事でしたのよ。彼が零したいのは商事の表では無いのですのよ。珠樹さんも其れをご存じなんでしょうけど、マリーに其のお役目の半分を訴えてたのですのよ。ついつい、オーストラリアを忘れて1週間長居しましたのよ。
バルセロナに嵌ったのはユダヤバンクのキャッシュカードが手に入ったからだとお考えでしょう。其れも否定はしませんのよ。
幼い時の養育院時代から、手にしたお金は欲しくて足掻き続けた結果として手に入れたお金でしたのよ。
何も爪に火を点す血の臭いが沁みついたお金だとは申しませんのよ。確かに思い掛けないユダヤバンクのカードは、望んでも手に入らない宝くじが当たった様なものですのね。
断って置きますが手に入ったのは、密かに思って居た感情で生きて居たいとする人生だったのですのよ。
マリーが女だから感情で生きたいとするのでは有りませんのよ。殿方だって獲物を家に持ち帰る為だけに狩りに励む辛さから逃げたいとお思いでしょう。
好きだからで雪山のスキーが出来るお身分に憧れるのでしょう。太平洋の一人旅が何かの狙いが絡んで居たり、スポンサーの思惑でサンフランシスコの歓迎を作るのから解放されて、タダ波と戯れながらヨットで大海原を漂いたいとお望みの事だって有るでしょう。
好きだからで選べる人生を望むのは、誰れしも一度はお持ちなんでしょうね。
そうなんですのよ。ポッカリ人生の終焉が見えた弥太郎さんが、孫娘と暮したいとお考えに成ったのが其れだったのですのよ。
マリーが功に求めたのはセックスでは無かったのですのね。
黒い肌の重荷から解放されたいと足掻いた結果を、功のセックスに求めたのでしたのよ。一人に成って初めて黒い肌の締め付けをより強く感じたのですのね。
其れがヒースロー空港から始まり、今バルセロナのレイ・ファン・カルロスのくつろぎの中で、人の想いの感情を強く感じて居ましたのよ。
お二人は無意識のうちに二人の世界を作り、其れが好きだけで実現するのに満足して居たのですのよ。多少の拗れが有っても、理屈抜きに好き同志の意思で解結して来ましたのね。
其れが娘と言う他人が入る事により、好きだけでは解決できない将来を想いましたのね。
ドウしたら好いのでしょう。
其処で復活したのが弥太郎さんの経験から、第三者を入れる解決が二人だけの好きな生き方が持てるだろう、たった一つの結論に辿り着きましたのね。
偶然にしときますが、36年でマリーが望んで居た大海原で波と戯れて人生を過ごして見たい想いと重なりましたのよ。
其れが出来るお金を望んだのとは違いますのよ。結果として与えられただけなんですのよ。此れが数えられる金額でしたらチャンと数えたでしょうね。
数えなくても新券の折り目が無い匂いだけで満足なんですのよ。
いーえ、皆様がドウお考えでも、マリーは誰れも触って居ない新券が欲しかったんですのよ。
其うなんですのね。小さな小さなニガーの女なんですもの。好きなのは折り目が無い新券だったのですのよ。其れが手に入ったので、レイ・ファン・カルロスの暖炉の前に寝そべってるだけなんですのよ。素敵な好い気持ちでね。