「 社会の底辺に居ると心も狭いから、チョットした事でも見逃せないで突っかかって行くと言われるね。」
「 そうかしら。私たち青森では此れ以下は無いってどん底で暮らしてたのよ。
良く夢がドウコウだとか、生きるとか死ぬとか他の考えが無いのかって言われても、何も無いのですから落ちてる鶏の足の骨をしゃぶるしか無かったのよ。
功が持って来たパンティーに、初めて違う履き物が有るのを知ったのよ。其処から東京が始まったのね。」
「 そうか、君たちの青森はどん底なんてナマヌルイのでは無かったんだね。
すずらん通りで好きな物を選べって言ったのに、笑いこけてるだけで何も買わなかったでしょう。
そうか、笑うってのが青森には無かったのから新しい心が生まれたんだね。」
「 そうよ、東京が心の中に生まれたんですもの。其れからの3ヵ月は、功が私たちのコピーの原点だったのよ。東京に混乱したくても、頭の中は空っぽだったのですもの。
若し功が盗めと言ったら盗んでたと思うのよ。津軽の方便を使うなって言われたでしょう。頭の中には忘れなさいが渦巻いてたから、津軽弁を追い出せば好いってしか思わなかったんですもの。
そうよ、ですから1万円で売春しても、功が
其うしなさいって言ってるのですから、其の1万円を功が作って呉れた預金通帳に入れるしか考えなかったのよ。」
「 良く判ったよ。君たちの頭が真っ新だったってのがね。
随分僕成りに考えたんだ。東京で育った女の子だったら、君たちみたいな突進はし無いだろうとね。神田市場が終わったら、直ぐ根津中の暮らしに入ったでしょう。一休みするのかと思ったのに、次の日から新しい暮らしに入って行ったでしょう。
僕には考えられ無い行動力だったね。」
「 うーん、其んなじゃ無かったのよ。功が云う通りにした3ヵ月が終わったでしょう。神田市場のお仕事が始まったのが7月に入ってたのね。其れからの2ヶ月って思い掛けない事の連続で、違う世界だったのよ。いきなり根津の暮らしに入ったでしょう。
功が法律が変わったので女衒に追われない様に成ったって教えたでしょう。じゃあ根津に慣れればってのに、伊勢湾台風で何もかも変わっちゃったのですもの。
小学校も相談したけど、根津中がドウかと行って見たら来ても好いって事だったのよ。楠さんはもう逆上せてるだけで何を聴いても上の空でしょう。10人で固まってれば何とか成るのに動いただけなのよ。」
「 実はその話をしたかったのさ。どん底の青森から出て来た時は、僕に従うので少しはマシなどん底よりも上の中間の暮らしを手に入れたのさ。
青森から出て来た時のどん底だったら、学校に行こうなんて想わなかった筈なのさ。
人の想いって余裕が有るのと無いのでは大きく変わって来る標本みたいな根津だったね。心の余裕は色んなケースから生まれるとは思うよ。
仮りに君たちがおサルさんだったら、目の前のピーナッツに飛び付くでしょう。頭を使うとか考えるなんて動物は遣らないんだね。君たちは人間なのに、其れもかなり体も頭も上等な娘たちなんだよ。
言い方は悪いけど、オーストラリアを飛躍するジャンプ台にして欲しいんだ。僕に出来る事と言ったら、お金を準備するしか出来ないのさ。君たち10人の力で余裕が持てる暮らしを作って欲しいんだよ。
どれくらい提供できるかはマリーが帰って来てからの相談に成るね。余裕の種類は其れこそ一杯有るとは思うよ。
スポーツ・音楽・芸術・学問などと、他人よりも上の余裕を作るのも有るでしょうね。其の中でも独りで生きてくのも有るでしょうし、結婚ってのも余裕が作れるケースも有るとは思うよ。
結婚する事しか僕とマリーには出来ないけど、資力が有ったら素晴らしい美しさと人間性を持ってる君たちだったら出来ると思うんだ。10人で纏まってるのは10枚の鏡を見てるのと同じなのさ。1人ずつ離れて行くまでに、お互いが持ってる素晴らしさをオーストラリアの自由な世界で作って行って欲しいのさ。マリーが帰って来るのは3ヵ月後に成るから、答えを持って来なくても君たち10人が引っ張って行ける様に、心残りが無い3ヵ月を過ごそうじゃ無いか。」
って、大演説をしちゃったんだ。