1950年でした。伊香保に20本有った原泉が一斉に涸れたのです。元々自噴して居たのでは無くて、涸れる度に深く掘り進んでポンプで汲み上げてたのですから、限度を超えたのでしょうね。江戸時代からの老舗も急遽沸かし湯で団体客を受け入れたのです。つまり慰安旅行の温泉地として何とか営業だけは保って居たのです。


   福一だけは社員旅行を断って、古くからのお馴染みさんを細々と受け入れて居たのです。谷川沿いに作られて居た老舗旅館も、戦後の東京の荒廃が納まるのと同時にホテル形式に建て替えたのが裏目に出たのですね。


   近代的な観光旅館とするのには、谷川に流して居たお湯の始末から取り掛からなければ成りませんでしょう。昔ながらの旅館形式でしたら排水は通りの側溝に流して何とか凌いで居たのです。其れがホテル形式の水洗トイレと成ったら、道路わきの側溝に流せなく成ったのです。社員旅行を目指して居た多くのホテルは営業が出来なく成ったのです。

    当時の伊香保は新築のホテルも電気が消えて寂びれ還って居たのです。元々傾斜地に作られた温泉旅館でしたので、其れが裏目に出て先が見えない温泉地と成って居たのです。


   「 おや、お目覚めですか。朝まで騒いで居た様ですから、女性軍は放って置きましょう。」

   「 そうか、此れは好いな。今は関東の温泉は何処もホテルに換わって居るのだ。草津はホテルと自炊が出来る保養旅館に分れたから、何とか客足を確保して居るのだな。伊香保も沸かし湯に成れば保養は言えないだろう。其れが却って此の福一にはプラスに成る筈なのさ。」

   「 其うなんですね。過渡期と申しますか、今の日本は急いで乗り換えても上手く廻るとは言えませんからね。」

   「 おいおい、俺の商売を言ってるのか。其れはとっくノミ屋に切り替えてたのさ。三人の娘は八百屋を注ぐのはハナから拒否なんだ。お前の手蔓で進めて居たノミ屋の売り上げが何とか嫁入りに間に合ったのさ。千葉と神奈川に持って居た八百屋は土地の同業者に譲ったから、今は青物から手を引いたのだ。」


   「 そうでしたか。競馬の世界では

          無事此れ名馬と言う様ですが

いっその事ノミ屋も辞めたらドウですか。

   其の方が時代に会ってる様に思いますよ。」

   「 おいおい、其れは無いだろう。今更野菜の仕入れをトヤカク言っても仕方が無いだろう。ノミ屋の客はお前に紹介して貰った客なんだぞ。今更手を退く訳には行かないだろう。」

   「 そうですか。噂では客からのクレームにお困りだと聞いてますが。」


   「 冗談じゃ無いぞ。支払いが一度として滞った事は無いのだぞ。そうか、予想外の大口の注文は何度か断った事が有るからな。其れは他の店に回ってる筈だから、俺に難癖付けられても手の打ち様が無いのだぞ。」

   朝の味噌汁が覚めると言うのに、話しはノミ屋に入っちゃったのです。


   「 まあ、飯にしましょう。」

   「 其う言うお前の噂も聞いてるぞ。中穴にドカンと買いを入れてるそうだな。お蔭で配当が半分に成ったと、俺のところに文句が入ってるのだ。一体どいつが注文してるのだ。」

   「 そうですか。注文なんか入ってませんよ。僕が買ってるのです。土・日の何レースかは、情報が入るのです。いーえ、10人のお得意様の配当に入れるレースは、目立たない様に800円以下のレースに絞って有るのです。其れでも預かって居る200万は倍返しを続けて来たのです。代行業の手数料がドノ程度に成るのかお判りでしょう。10人の娘とアラサーの二人の先行きまで保証すると成ると、どうしても売り上げが大きいレースに買いを入れるしか無いのです。

        ですからクレーマー相手の仕事はお辞めなさいと言ってるのですよ。

    まあ、小口の注文でアタフタするのは辞めて、ノミから手を引く算段をしませんか。」

   まんまとワナに嵌って呉れました。