「 もう、着いたのかい。此処は何処なんだ。」
「 伊香保よ。17号はまだ雪が残ってるって聞いたから国道を外れて伊香保に来たのよ。」
「 伊香保とは違う見たいだね。何度も来てるから判るんだ。谷川沿いにホテルが並んでる繁華街なんだぞ。」
「 そうよ、まだ寒いから旅館の褞袍姿の人たちが歩いてたのよ。どうやら社員旅行見たいだから、一緒にされるのは嫌でしょう。町を外れて阪を上って来たら此処に来たのよ。」
「 そうか、それにしても古びた温泉を見つけたもんだな。こりゃ、江戸時代の名残だよ。伊香保はまだ冬なんだな。震えて蕎麦をすするのなんて御免だよ。」
「 後ろが山で落着けそうでしょう。番頭さんがお出迎えよ。」
「 何を恍けてんだい。ユニオンジャックをハナから断ろうって態度なんだ。前掛けに" 福一 "と書いて有るでしょう。温泉にはそぐわない造り酒屋みたいな名前だね。他を探した方が無難だと思うよ。此れを渡しとくから全部使っても構わないさ。」
娘たちがドウ出るのか試そうと思ってカバンを渡したんだ。万札の束が十入ってるのさ。中を見もし無いで放って返したんだ。
「 そうか、此う仕様よ。オーストラリアインターナショナルスクールの学生にしちゃうのさ。日本語を使った人はバツ接吻とするのさ。三度でレッドカードだから、僕と遊ぶんだよ。ほら誰れだ。今喋ったのは。」
誰れだって構まやし無い。五十嵐を捕まえてお父さんのキスをしちゃったんだ。
はいサヨナラで逃げられちゃったのさ。
「 番頭さんが焦れてるよ。僕は運転手にしといてよ。リーダーは山田だから、僕の通訳で番頭さんと交渉するのだね。」
其れだけ言うとドアを開けて出て行ったのさ。
「 日本の温泉をテーマにして卒業論文を書く研修旅行なんです。」
あっさり蹴飛ばされましたさ。此の際は南部訛りのアメリカンが都合が好いのさ。山田に告げたんだ。
「 此の手の旅館は常連の為に部屋を開けとく物なのさ。強気で交渉してご覧。」
いや、お見事。唾を飛ばして番頭さんに食って掛かったのさ。
「 大使館から予約が入ってると聞いてたから来たのよ。サッサと案内為さい。」
通訳するって言っても慣れないからトンチンカンに成っちゃったのさ。僕たち11人に都合が好いトンチンカンにね。
「 大使館から連絡した特別室が空けて有る筈だと言ってます。此れを渡されて居ます。」
カバンを開けて万札の束を見せたのさ。擦り切れた草履と草臥れた半纏で、内所の苦しさは先刻承知なんだよ。
「 泊まれるって言ってるよ。」
いや、面白かったね。山田を先頭にして全員駆け込んだのさ。
「 トイレだって言ってるよ。漏らしたら福一の恥だろう。急げよ、此の寒さなんだ。間に合わなかったら問題に成るぞ。」
当時の伊香保温泉は、社員旅行を誘致するので何とか草津に対抗してたのさ。其の下司の泊り客から見たら10人は華やかな若鶴なのさ。其れが前を抑えて飛び込んだんだ。ウーもスーも有った物じゃ無かったね。
楠さんには知られたくない内緒話には随分アメリカンを使ってたのよ。おトイレが終わったら卒論の研修なんですから旅館中を調べるわ。
いやいや、全員散らばって三階まで飛び回ったのさ。僕はカウンターに陣取って、万札の束を二つポンとカウンターに置いたんだ。
「 此れで粗相のない様に頼みますよ。何か有ったら報告する様に大使から言われてますからね。」
女将の顔がほころんだのが答えだったのさ。