「 バカ見たいな話しだったな。経験も何も無い家庭を作ろうと焦ってたのさ。」

   「 私なんかもっと酷かったのよ。貴男の奥さんに成ろうとモガイテタノネ。主婦にも成って居ないのに、ミセス珠樹って呼ばれ様としてたのよ。

         芸者珠樹って好きな呼び名なんですから、其れを通せば良かったのね。偶に珠樹って呼ばれると、何だか風がお首の周りを通り抜ける様でゾッとしてたのね。

   8年呼ばれて来たお前で好いって、やっと気が着いたのよ。」

 

   「 其うなんだな。毎日少しずつ変わって来たのって気が着かないのだな。変わらないのはお前だけなんだ。違うぞ、呼ぶのにお前だろう。アンナにガリガリだったのが、少しずつ脂が乗って来ただろう。気が着かない内に眩しい女に成って居たのだな。」

   「 貴男らしいのね。好きも嫌いも何も無いのね。ただ一直線なんですもの。怯え続けて居た娘に、安心を与えて下さったのよ。最初の夜は鼻に着く男の臭いで眠れなかったんですのよ。今は其れが素敵な若草の香りに感じるんですのよ。何時から変わって来たのでしょう。」

   「 ふふっ、お互い様だな。其れだけでは無かったのさ。全てがドンドン変わって行くのに、追い付こうとするだけだったな。高輪の6年とローマからシチリヤとモロッコの1年が有ったからこそ今に辿り着いたのだな。

          レイ・ファン・カルロスを契約して呉れたスペイン支局には感謝せねば成らないな。


   「 そうでしたのね。何の因果か、此処を決めて下さったのって―――――」

   「 いや、此れこそ運なんだな。運なんて当てに成ら無い物を思った事も無かったのさ。ディアゴナル通りを隔てて壮大なグエル別邸が有るだろう。バルセロナに縛って置こうとするコンツェルンの狙いだったら、此のレイ・ファン・カルロスに拘る事は無かったと思うんだ。今でもモンジュイックの森とパルが無かったら、住み難い屋敷なのさ。ホテルには違いないのだから、黙って住むしか無いのだな。」

   「 あら、珠樹には素敵に見えますのよ。高輪には無かったお庭が有るでしょう。カルロスさんのお住まいだったので、素敵なお庭が生まれて来る娘には安心して遊べるでしょう。モンジュイックの森には観光のお人も来ませんでしょう。通りの前のグエル別邸は観光名所に成ってるのですもの。ガウディさんもサグラダ・ファミリアも馴染めませんのよ。珠樹にはレイ・ファン・カルロスとモンジュイックが有れば何も欲しくは――――ご免なさい。其れに貴男さえ居て呉れれば――――」

   「 其れに娘だろう。そろそろ名前を考え様じゃ無いか。」

   そうよ、もう其処まで来ましたのよ。おふざけが減った分を、お腹の娘が笑いを持って来て呉れますのよ。