4月の夜明けは5時ではまだ暗かった。其れでも食堂は開いてたんだ。

   「 大きいのね。まるでホテルのレストランの感じなのね。」

   「 そうだよ、厩舎関係者は9時に成らないと来れない決まりに成ってるのさ。其れまでは我々と、来ても馬主位なんだ。アルコールはご法度だから、先ず誰れも来ないね。だからゆっくり打ち合わせが出来るのさ。」

   麦茶のサービスに来た小母さんに声を掛けたんだ。


   「 青森の八百屋さんの小田さんが来たら教えて呉れないかな。」

   「 そろそろ、居らっしゃる頃なのよ。食堂で使うお野菜を配達なさるからなの。ホラお見えに成ったわ。」

   いや懐かしかったね。神田市場を取り仕切ってた当時から見たら、かなりお腹は出っ張っては居たね。目ざとく僕を見つけて飛んで来たんだ。

   「 おう、お前は変わらないな。此の研究グループに入って居るのは聴いてたんだ。八百屋の俺が近付くのは拙いと思って遠慮してたのさ。」

   「 何を仰いますか。千葉にも神奈川にもお店をお持ちなのは、風の頼りに聞いてました。厩舎もお持ちなんですね。今年のダービーは狙えますでしょうか。」

    握手して笑い会ったのさ。


   「 全部聞いてるぞ。娘たちが卒業祝いで銀座パレードをしたそうじゃ無いか。馬主仲間でも話題に成ったんだぞ。皇宮警察が先導したから何事が始まるのかって新聞社も出たそうじゃ無いか。」

   「 お聞きでしたか。流石にオーストラリア大使ご夫妻はお見えに成りませんでした。でもローバーを何台か出して下さったので、ユニオンジャックで交通止めが出来たのです。娘たちも久しぶりの騒ぎで、根津で寝込んで居ます。連れて来たいと思いますので―――」

   「 そうか、判らんでも無いぞ。アレから6年に成るのだな。もう、好い娘さんだろう。なーに案ずるな。可愛がってくれたチョンガ野郎は、全員所帯を持ったのだ。30過ぎて女を知らないのを恥じたのさ。知っとるぞ、半年もからかわれたのはな。

         青森会には出て来るが、喋らないで呉れと口止めされて居るのさ。

   何だ、其の顔は。いい歳こいて中坊並みに娘相手にせんずりで満足してたなんて母ちゃんに言えないだろう。大丈夫さ、此処には来ないからな。」


   「 其れで安心しました。今年は全員大学の筈でしたが、市場だけでは無くて青森も復活させて遣りたいと思ったのです。大学は来年に先送りしますので、日本に居たら何かと拙いでしょう。でも青森を捨てたら12年の空白が出来ちゃうのです。

         好いとこ取りの青森を作って遣りたいのです。サラブレットから入って、秋田と仙台をゴッチヤニした故郷を作りたいのです。

   ドンナ物でしょうか。出来たら秋田を作って遣って頂けませんか。」

   「 流石だな。お前だったら作れるだろう。そうか秋田を混ぜるんだな。フフッ、上手い事を考えるのだな。日本に居たら墓も問われるだろうし、生まれも穿られたら拙いだろう。そうか、秋田を挟むのだな。俺の手蔓で温泉にしても好いぞ。実を言うとお前に援けられて今は東京に燻っては居ないんだ。秋田の山奥だが温泉旅館を持って居るのだ。其処に戸籍を移しても好いぞ。何なら俺が父親に成っても好いぞ。俺にも娘が三人居るのだ。カミさんも大方の昔は承知してるのさ。10人の母親も面白いではないか。外国で住めば、親が逆ホームステイも楽しめるだろう。」

   話しはとんとん拍子に発展しました。傍で聞いてたマリーも口あんぐりでしたね。